目には 目で
しかし、公の罪状は、キダが想像していた通り薬物所持だった。それも、マスターは、違法な薬物を捌く元締めの一人とされていた。
この国でも、御多分に漏れず、政府は、薬物の取り締まりに躍起になっている。従って、薬物使用・所持で捕まれば、当然の如くその罪は重く、裁判で有罪になれば、刑期は驚くほど長い。
「どうする?。・・薬物所持、それも販売の元締めに仕立て上げられたのでは、かなり手強いぞ・・」
バゴ・バンタイの主人が、キダに言った。キダは、それには応えず、暫く黙ってソファーに寝転んだまま、天井を見上げながら何か考えている様だった。
やがて、キダは、大きく背伸びをして起き上がり、
「腹が減った。何か食わせろ。」
と、ぶっきら棒に言った。
軽い朝食が、用意された。キダは、それを食べながら、携帯電話を取り出した。そして、
「・・・トトか・・俺だ。お前、大型のダンプ・カーを一台用意してくれ。・・三~四日後・・だ。・・・いや、取り敢えず動けば良い。どうせ、使い物にならなくなるから・・・、幾らだ?・・・」
などと、訳の分からぬ話を始めた。
電話を終えると、彼は、
「ちょいとだけ度胸のある、ドライバーは居ないか?」
と主人に聞き、お決まりの有無を言わさぬ強引さで、主人に都合をつけさせた。そして、
「出掛ける。世話になったな・・」
と、簡単な挨拶を残し、その家を出た。
その日から二日間、彼は、所在不明となった。
俺が、昼前にプロダクションの事務所に着いた時、Beth. が心配げに、彼からの連絡が途絶えた事を話した。こちらから連絡を取ろうにも、彼の携帯の電源は切れていた。
後で知った事だが、その間、彼は、A警察署の署長の兄に付いての情報をかき集めていた。
彼は、一旦信用した相手からの情報などは、何処までも信じるが、それ以外からのものは、殆ど信じない。すべて自分の脚で集める。おそらく彼は、一睡もせず駆け回っていたと思う。こんな時の彼の行動力と集中力は、狂気じみていた。
三日目の朝、事務所に電話が有った。キダからだ。
「どうだ、大丈夫か・・ゆっくり休めよ・・っても、まあ・・無理か、旦那は拘置所だものな。」
「何故捕まったのか分かった?」
「ああ・・、今、何とかしているところだ。もう少しまってくれ。」
この様に簡単なBeth.との会話で、キダは、電話を一方的に切った。おそらく、会話が長引けば、マスターの良からぬ行状がBeth.の知る処となるのを、キダは、慮っての事だったのか・・。
更に一日半、事務所で俺たちは、重苦しい雰囲気の中に居た。
五日目の午後、キダから俺に連絡が有った。
「ユウジ、これからちょいと動くぞ。お前は、其処に居る者の安全だけを考えろ。事務所なんか、どうなっても良い。・・分かるな、この意味・・?」
俺は、了解の旨を短く伝えた。
事務所なんかどうなっても良い・・といういかれ野郎の話し方は、明らかに何時もの彼のそれではなかった。俺はその時、マスターを助けるには、相当の覚悟を以って臨む必要があるんだなと感じた。そして、事に依ると、何者かが、この事務所目がけて・・良からぬ行為に及ぶ危険を、いかれ野郎は、俺に伝えたかったんだなと思った。
今思えば、まったく不謹慎な話だが、俺は、その電話を受けた時、少なからずワクワクした。何だか、彼らの本当の仲間に加われた気がして、そして、キダが、俺の様な半端な者を一応信じてくれているのだと・・。
俺は、そのビルの通路を隈なくチェックした、考え得るすべての危険を想定しながら・・。
フェアビューの一角、どの家も我が家こそこの近辺で一番の豪邸だとばかりに、贅を凝らした建物が並んでいる。
キダは、その住宅地の中を歩いていた、
「どいつもこいつも大きな家を建てやがって・・。家の綺麗さに反比例して、根性は腐りきっている・・」
と、一人呟きながら・・・。
彼は、一軒の豪邸の前で止まった。そして、門の前に常駐しているSPに声を掛けた。
「アルマ・サントスさんは、居るかい?」
キダを訝しげに見ながら、
「まだお休み中の筈だが・・・。お前、歩いて来たのか・・、車は持っていないのか?」
とSPが言う。
「バスと、この二本の脚で充分だ。・・休んでいる、という事は、此処に居るんだな? ちょいと会いたい。寝ているのなら、今直ぐに起こせ。」
キダの言い方に、SPは、気分を害し、
「いきなり薄汚い格好で現れて、『起こせ。』は、ないだろう。会いたいのなら、ちゃんとアポを取れ。出直して来い!」
と、怒鳴る。キダは、
「そんな暇は無い。・・バカな日本人が来たと伝えろ。」
と、あくまでも後に引く気配がない。
SPが訝るのは、無理も無かった。彼は、その時、洗いざらしのTシャツとジーンズ、それに履きなれた運動靴という姿で、背中にリュックを背負っていた。
そして、彼が訪ねた家は、この国の上院議員アルマ・サントスの私邸。
どう見ても、このミスマッチでは、訪問者を疑わない方がおかしい。だが、キダには、その様な一般的常識は通用しない。兎に角、合わせろ、中に入れろ、の一点張りだ。
門前の声は、徐々に大きくなり、ついに中から使用人が出て来た。そして、
「中に、お通しする様にと、議員が申されています。」
と言った。
それを聞いて、唖然としながらキダに道を譲るSP。
「相変わらずね・・。もう少し遣り方は無いの?。携帯という便利な物も、今の世の中には有るんだから・・・。ところで、元気そうね・・」
と、笑いながら話すアルマ・サントス。
俺は、キダの人脈の広さは、色々聞いていたが、この様な大者とまで繋がりが有るなど、まったく知らなかった。この件が片付いた後、俺は、彼のパートナーから、上院議員とキダが知り合った経緯を聞き、人の運命とは分からないものだと、改めて思った。此処では、キダがアルマ・サントスの命を救ったのが、二人の出会いだったとだけ言っておく。
話を戻す。
「サントスさん、ちょいと頼みが有って来たのですが・・」
「ただの遊びじゃ、此処まで来ないでしょ?」
彼は、マスターが逮捕された一連の事情を話し、
「確かに俺の友人も悪い。だが、一生檻の中で過ごさせる訳にも行かない。だから、少しだけ手助けを・・・」
と頼むキダを制して、アルマは、暫く考えた。
そして、彼女は、使用人に命じて、秘書の一人を私邸に来させるる様に命じた。
「助ける・・って、どうすればいいの?・・あまり表立っては、動けないわよ。」
「分かっています。ただ、・・これから俺が遣る事に、一切口出しも手出しも出来ない様に、警察と地元の妙な輩に釘を刺して頂くだけで結構です。」
「・・どんな事をするの・・と聞いても言わないわね、あなたは・・・」
「はい、それに・・知らない方が良い・・・」
「分かったわ。でも、高いわよ、このお礼は・・」
「ふん、これだけの豪邸に住みながら、まだ何か足りない物でもるのですか・・ 次のB町の選挙で、あんたの後援会リーダーが、メイヤーになるというのでは・・? あんたの票もグンと増える。」
二人は、一瞬間を置いた後、声を揃えて笑った。
アルマが自室に戻り、暫くすると、秘書が飛んで来た。
秘書は、室内電話でアルマからの指示をメモを取りながら聞いた。そして、