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載小説「六連星(むつらぼし)」第21話~25話

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  人間は満たされない欲求があると、必ずそれを充足しようとする。
 そのための行動(欲求満足化行動)をおこします。
 欲求には優先度があります。
 低次の欲求が充足されると、より高次の欲求へ、段階的に移行していきます。
 ・・・・例えば、ある人が高次の欲求の段階にいたとしても、
 病気になるなどして低次の欲求が満たされなくなると、一時的に
 段階を降りてきます。
 回復し、低次の欲求が満たされると、再び元に居た欲求の段階へ戻ります。
 このように5つの段階は一方通行ではなく、双方向に行き来するもので
 あると定義されています。
 最高次の自己実現欲求のみが、一度充足してもさらに、より強く
 充足させようと志向します。
 つまり、さらなる高みを目指して行動するという特徴があります。


  ・・・・どうですか、お譲さん、何か心に響きましたか?
 あなたなら、もう、気がついたと思います。
 たまには、自分自身の内側をしみじみと見つめてみたらいかがですか。
 意外な発見が、けっこう有ると思います」



 蕎麦屋『六連星』から、路地をふたつ抜けると本町通りに面している、
タクシー営業所の裏手へ出る。
その辺りまで歩いたところで、後ろから駆けて来た俊彦が追いついた。
『酔っ払い同士にしては、足が速いなぁ』追いついた俊彦が、
響へ上着を手渡す。
首に巻いていた自分のマフラーを、寒そうな響の首筋へ巻き付ける。
勇作が目を細め、そんな様子を嬉しそうに眺めている。

 
 「トシさん、今日はご馳走になりました。
 自慢の蕎麦も堪能させてもらいましたので、こころおきなくいつもの、
 原発労働者に復帰したいと思います。
 さて、聡明なお譲さん。またお逢いできればいいですねぇ。
 おふたりとも、三月半ば過ぎとはいえ、夜はまだまだ冷え込みます。
 私はここで大丈夫ですので、もう引き上げてください。
 本当に今夜は、ありがとうございました」


 笑顔の勇作が、タクシーの営業所へ消えていく。
見送っていた響が、いきなりくるりと振り返る。
最初から目をつけていた、温かそうな俊彦のコートの中へ身体を丸めて
潜り込む。
「寒かったぁ~」と、響が俊彦の胸の中で、目を細めてみせる。
しっかり響を受け止めた俊彦が、ふわりと両手でコートを大きく広げる。
あらためて、すっぽりと響の全身を包み込まれる。
ぐるぐる巻きにされたマフラーの間から、目だけを出した響が
嬉しそうに俊彦を見上げる。



 「ねぇ、トシさん。もしかしたらですが・・・・
 私のために、わざわざ、准教授さんを呼んだのですか?
 あんなに嬉しそうに、初めて会う私のために、たくさんの
 講義をしてくれました。
 心の底から、感謝しなくっちゃね」

 「さあてな・・・・。俺は、なんにも知らんぞ」

 
 「そう。ならいいんだけど・・・・ねぇ、トシ。
 もしもあなたに子供がいるとしたら、男の子と女の子の、どちらがいいの?」

 「君みたいな女の子以外なら、いつでも大歓迎だ」

 「なんだぁ・・・・聞くんじゃなかったわ。
 私ったら、時分から墓穴を掘ってしまいました。ふん。トシさんのいじわる」

 「なんだ。俺の答えかたが不満だったのか?」

 「だってぇ・・・・わかるでしょ。意地悪」

 「いや、お前さんみたいな娘が俺の子供なら、、
 俺の人生は、たぶん、もっと楽しいものになったと思う。絶対にそう思う」

 「本当に?。嘘じゃないでしょうね!」

 「武士に、いや・・・・男に、二言は無い」