月光ーTUKIAKARI―
携帯が鈍い音をたてて落ちた。
カーテンを月の光が差し込んで来ている。
月の光は乱人のあの一瞬の、唯一度の笑みを思い出させた。
(何故なんだ、乱人・・!!)
次の朝、俺は廊下で乱人の後ろ姿大きい声で叫んでしまった。
「ら・・不破!!」
ちらほらいる人影がオレの方を見た。
しかし乱人は一瞬立ち止まっただけで、振り返りもせず歩いて行った。
「待てよ!」
その声にもまったく反応せず教室に入ってゆき席について
いつもの無表情さで窓の外を頬づえついて見ていた。
俺は乱人の机の前に立ち
「どうして・・・」と、言いかけた瞬間に乱人はさえぎった。
「やめろ!!!」
ざわめく教室の何人かが振り向いて二人を見た。
乱人は怒った声だったが俺を見つめるその眼には正反対なものが浮かんでいた。
俺はそれを見て心の中で‘わかったよ’と呟き自分の席に戻った。
たちまち興味深げに友達が寄って来た。
「急にまた不破に声かけたじゃんかよ、彼方。」「・・・・・・・・・」
俺は全然聞いてなかった。
今日、乱人は来るだろうか?
それだけしか考えてなかった。
友人はそのまま去ってしまったらしかった。
オレはずっと考えこんでいた。
授業中、乱人を見ていた。
乱人は帰り際一度だけチラッと俺の方に視線を投げた。
俺はずっとずっといつもの川辺で乱人を待ち続けた。
まだ、暗くなる時間ではなかったが、
空がどんよりし始めポツポツと雨が降り始め、
やがて絶え間なく降り注ぎ始めた。
雨に濡れながら来ない乱人の事を考えた。
(これ以上深入りされたくないのか・・一体乱人は何を隠したいんだ?・・家のことか?)
川の水面に落ちる雨。髪や頬を伝わって流れる雫。
何もかもたいして気にならない。
(家の事なんかどうだっていいのに・・。何も喋らなくてもいいから、そばにいたいだけなのに・・。)
急にバタバタッという音がして、後ろから傘がさしかけられた。
びっくりして振り向くと、いつもの無表情な乱人が、立っていた。
「ら・・乱人」「風邪、ひいちまうぜ。」
ボソッと告げると、俺を見る。
もう、雨だって何だってかまやしない。
乱人が目の前にいる、その事実だけで、
知らずの内に俺は微笑んでいたらしい。
乱人は、その白い顔に、ほんの少し紅みを浮かべ、眼をそらした。
「なんでオレの顔見て、笑うんだ?」
「乱人が来てくれたから、うれしいんだ」
乱人はますます顔を赤くして、横目で俺の方を見た。
「・・どうして・・」
何かを乱人は言いかけたがそれは言葉にならなかった。
乱人の瞳が不思議そうに俺を見る。
「お前といると、俺は嬉しい。」
きっぱりと微笑みながら乱人を見た。
乱人はまぶしいものを見る様な表情で俺を見る。
そのまま、すこし、二人は立ちつくした。
「乱人、雨降ってるしよかったら俺の家へ来ないか?」「え・・」
「大丈夫。オレん家のかーさん、すっげぇ気さくだからさ。気がねする事ねぇよ。」
「・・・・・」
黙って俺を見る。一つの傘では、二人はびしょぬれだ。
乱人は、俺の方へ傘をさしかけているから髪も肩も水滴がしたたり落ちている。
「このままじゃ、風邪ひいちまうぜ。」
「・・・・・」
うつむく乱人の手をつかんで引っ張った。
冷たい手をしている。ホント、風邪をひいてしまう。
辺りは雨のせいだけじゃなく、もう暗くなって灯りがつきはじめていた。
「ただいま―。友達連れてきた。」
玄関を入って、立ちつくす乱人に「ホラ、靴脱いで」
と、言われた通り靴を脱ぎはじめた。
少したって、パタパタと歩く音がして母が現れた。
「あら、ひなみ、お帰り。何びしょぬれじゃない―こちらが、お友達?」
「こ、こんばんは」
蚊の鳴くような声でうつむきながら乱人は言った。
「いらっしゃい。二人ともびしょぬれね。お風呂沸かすから入っていきなさい」
にこっと母は乱人に笑いかけ、またパタパタと去った。
母の後姿を見ながら乱人は、呆然としていた。
「どうした?」
顔を覗き込むとショックを受けたような表情をしていた。
聞くのはやめておこう。
とにかく体を拭いてあったまってから少しでも喋ってくれればいい。
2階の部屋まで階段をあがり、ドアを開け、招き入れた。
灯りをつけると、乱人は立ちつくしている。
クッションを引っ張って「座れよ・・いいから。」
と言うと、無言で座り込んだ。
長い不揃いの髪がびしょぬれで、顔にはりついている。
たんすを探して大きいバスタオルを頭から、かけた。
くしゃくしゃっと髪を拭くと眼を閉じて子猫のような顔になったので、
俺は思わず笑ってしまった。
眼を開けると、また乱人がフシギそうなカオをしたので思わず
「お前って・・なんか放っとけない顔するよな、時々。」
そう言うと、乱人は赤くなった。
髪を結わえてる紐をといてもいいか、と聞くと無言でうなずいた。
不揃いの濡れたはらはらと肩に落ち思わず見とれてしまった。
今更ながらキレイだ。本当に。
白い肌はきめ細かく上がり気味の大きな茶の瞳。
高くて細い鼻、ばら色がかった唇・・・髪をほどくと女顔が強調される。
ばさばさと髪を拭き、タオルを肩にかけて
「体も拭けよ。」
どぎまぎしながら言って自分もタオルを取り出して頭を拭いた。
ゆっくりとした仕種で、黙って体を拭く乱人。
「何か、飲み物持ってくるから。」
そう告げて、背中ごしにドアを閉めた。
(コーヒーより、ココアの方があったまるかな・・それにしても乱人ウチに来てからほとんどしゃべらねーな・・なんか、悪かったかな)
「ひなみ―。オフロ沸いたから、はいんなさい」「あ―、はい。」
部屋の戸をあけると乱人が頭からバスタオルをかけて膝をかかえているのが目に入った。
「乱人?!」
トレイを置いて顔を覗き込むと声も出さずに泣いていた。
両腕をつかみ、顔を上げさせた。
「どうした?!」
虚ろな瞳がみるみるうちに涙で一杯になっていく。
切ない、痛い、眼差し。
「オレ・・」「何?」「オレ、彼方になりたい」「なに・・言って」
「なりたい!」
泣きながら手で顔をおおって、くずれる乱人を思わず抱きしめていた。
震えながら声を出さずに泣く乱人。
涙が胸につたわって暖かく、しみてくる。
「バカッ!泣く時は声出して、思っきり泣け!!」
「うっ・・ぁ・・わあぁぁぁ!!」
乱人が声をたてて泣くのを、初めて聞いた。
泣きやんで、落ち着くと、並んで座り、ココアを差し出すと乱人は無言で受け取り
「ありがとう」
と、小さい声で言った。
そして俺の方を見て、あの翳りのある微笑みを、一瞬浮かべた。
たんすを探して大きいバスタオルを頭から、かけた。
くしゃくしゃっと髪を拭くと眼を閉じて子猫のような顔になったので、
俺は思わず笑ってしまった。
眼を開けると、また乱人がフシギそうなカオをしたので思わず
「お前って・・なんか放っとけない顔するよな、時々。」
そう言うと、乱人は赤くなった。
作品名:月光ーTUKIAKARI― 作家名:中林高嶺