月光ーTUKIAKARI―
(あの時、保科がいたなんて全然気づかなかった・・アイツ、俺が泣いてたのを見てきっと安っぽい同情でもしてるんだろう。それか泣いてたワケでも聞きたいんだろう・・・―ヤメだ、本でも読もう・・逃避だけど現実は忘れられる・・なるべく非現実的な本がいい・・違う世界を見られるような・・・)
階下でかすかにドアの開く様な音がし、大声で呼ぶ声がする。
「・・・・人・・・乱人!!!」
(オヤジ、帰ってきたのか・・)
「何をしてるんだ、乱人?!母さんを見てなきゃダメじゃないか」
(―っ、自分は・・自分はじゃあ何なんだよ?!)
「もう母さんには何を言ったって通じやしない!何とも思わねぇのかよ親父!」
「じゃあ、どうしろっていうんだ?お前達を捨てるのか?母さんを病院送りにしたいのか?乱人?!」
何も言えなくなってぐっと涙をこらえ、そういうカオを見られたくなくて
玄関から裸足で飛び出す。ただただ走る。
(どうすりゃいいんだ!俺だってエラソーな事なんか何も言えない!オヤジと
同じじゃねーか!)
「はぁっ・・はあっ・・・」
やがて月明かりの川辺まで来て、座り込む。ここは道路からは割と死角に
なっている、いつも来る場所だ。水面に明るい満月が映っている。
すごく明るい月光に、あたりも蒼い。
「うっ・・・うぅ・・・」
膝を抱え込んで泣き声を押し殺して泣く。
誰にもこの姿を見られたくない―このまま夜に溶けてしまいたい。
(何故、オレは生まれて来たんだ?!何故・・・。)
「不破?・・・不破だろ?」
この声まさか?!ぎくっとしておそるおそる振り向くと草むらの土手の上の端に、保科彼方が立っていた。
月の明かりがはっきりと写しだす・・・。
(なんでコイツは、いつもこういう時に限って現れんだ?!)
「不破・・―泣いているのか?」
保科がゆっくりと降りて歩いてくる。
今更、この涙を隠す事さえ出来ない。
「どうした?何かあったのか?・・はだしじゃないか。」
その時、心が堰を切ってくずれ落ちてゆくのがわかった。
世界中で唯一人、俺を気にかけてくれる保科―能面は今もう出来ない。
とめどなく涙があふれる瞳を押さえられない。
保科の表情には、あわれみ、とかじゃない優しさがあった。
その事に気づいた瞬間、立ち上がり保科の胸に飛び込んでいた。
「ふ、不破?!」「う・・・ぅっあっ・・・」
一瞬のとまどいの後、保科の腕が肩にまわって少し力が入って抱かれた。
その仕種にもう何もかもかなぐり捨てて泣いた。
かなり長い間泣き続け、保科―彼方は同じ力をを込めて抱きしめてくれた。
人のぬくもりをこんなに優しく感じたのはいつ以来だろう。
満月の光は人の心の内をさらけ出させると、言う・・・。
やがて並んで座ると彼方は肩をポンポンとかるく、たたき続ける。
「ふ・・乱人?」
彼方は、微笑んだ眼差しで見つめていた。
月の光が影を投げかける―MoonLightShadow―
「乱人・・・」
もう一度呼ぶと乱人が顔を上げた。
なんて脆い硝子のような容貌、泣きじゃくる子供のような無垢さ、プールで逢ったあの時から
きっとずっと乱人に魅せられていた。
「あ、ありが・・とう―彼方」
震える声で告げる乱人の瞳。
守りたい・・心から、そう思った。
月の光の下で、二人並んでずっと座っていた。
翌日。
乱人が待っている。あの川辺で。
走って行くと熱心に本を読んでいるのが見えた。
すごく集中している。全然、気づかない。
「・・・ラント。」「あ、彼方。」
辺りはもう暮れかかっているというのに乱人の集中力には驚く。
「熱心に読むんだな。暗くなっているのに、よく読めるなぁ」
「うん。ナレてんだよ。」
「じゃあ、いつも・・?」「・・うん・・まぁ・・」
何か言いたげな唇が言いかけて閉じられる。
聞いてもいいのだろうか?聞いても話すかどうかはわからない。
「家に・・帰りたくないのか?」
眼を見開いて俺を見るその顔が痛々しいほど乱人の心の内をあらわしていた。
切ない眼・・今にも泣きだしそうな。胸が痛む。
その眼差しだけで哀しくなってしまう。オレは眼をそらした。
「ごめん。」
隠したい―でも話したい―その心が揺れ動いてる。
それは長い沈黙になった。
凄く悪い事をいた気分になって長い沈黙に乱人の方を見た。
乱人は泣いていた。声も出さずただただ大きな両目から涙が流れ、
頬を伝わりシャツに落ちている。
それはあまりにも胸しめつけられる場面だった。
声も出さず一人で乱人は泣いていた。
きっと今までずとそうして来たにちがいなかった。
「ら・・乱人!」
一人、淋しいなんて感覚がわからなくなるほど、彼はそうして来たのだ。
「乱人!!!」
俺は強く乱人を呼んだ。現実にこの場所へ引き戻すように。
「あ・・」
乱人は俺を見て涙をシャツの袖でぬぐった。
「どうした?悪かったよ、変な事聞いて。」「大丈夫・・。」
「びっくりしたよ、本当に大丈夫なのか?ドキッとしちまった、ゴメンな。」
「・・・・・・・・・」
乱人が俺を見る。かなり、永い瞬間、見つめた後、初めて微笑んだ。
それは閃光がひらめくような―ほんのかすかにわずかに笑みを見せたか、
見せないかの一瞬だったがその微笑みは、俺の心を、射抜いた。
月がやがて光を投げかけ、乱人は立ち上がりパンパンと草を払って
「帰るよ。」
見上げる俺に影を投げかけいつもの顔でそう言った後、ゆっくりと歩き去った。
俺は、いつまでもその姿が見えなくなるまで、後ろ姿を見ていた。
その夜、眠れないまま窓ごしの月の光を見ていた。
乱人の微笑みの翳りが頭から離れなかった。
やがて―暁が訪れる。
乱人は学校内では相変わらずの態度でいつづけている。
孤高のプライド高さ・・冷たい能面のような表情をくずさない・
そして俺に対する態度は二人で会う時と一変している。
何もしゃべらない、俺の方を見る事さえしない。
川辺で見せる表情と微かなわずかなあの一瞬の微笑み―心とらえて離さぬ瞳。
すべてを「創り上げた貌」の下に隠し続けている。
窓際の乱人の横顔を光の描く影で見る。
風が乱人の細い髪をフシギな動きでみせてゆく。
頬にかかり、燃え上がるように吹かれている。
色素の薄い細い長い、ふぞろいに髪が光にすけて、揺れる炎のようだった。
「よう、彼方、不破の方また見てんな」「ああ」
「最近声かけないじゃんかよ、アキラメタ?あの変人ならし」
「・・そういう言い方、よせよ」
「ま、どっちにしてもやめて正解だと思うぜ。」
大きな声で、やめろ!!と言いかけそうになってぐっと押さえた。
乱人がちらっと振り向いたのが見えた。
モノ言いたげな表情が一瞬、目の端をとらえた。
それは、沈黙を守ることを、告げていた。
その日、その夕方、いくら待っても乱人は現れなかった。
(何故・・なぜだ?)
その夜、眠れないまま考え続けた。
(これ以上深入りするな、とでも言いたいのか?!)
「くそっ!」
オレはそばにあった携帯を、壁に投げつけた。
作品名:月光ーTUKIAKARI― 作家名:中林高嶺