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月光ーTUKIAKARI―

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不破乱人(ふわ・らんと)は我が1年A組の中で、唯一浮いてる変人だ。
長い不揃いの髪をして、つんとプライド高そうな細い鼻、
キツイ大きな眼は少し色素が薄い。
華奢な体。つまり、凄く美しい。
女の子にも相当モテるらしいが、いつも冷たくあしらっている。
彼はまるで、手を触れるとキレそうな氷のナイフのようだ。
かたくなに無口でクラスに友達が誰もいない。
話しかけても誰にも答えた事がない。
いつも怒ったような顔をしている。
入学したての頃、こんな話があった。
仏頂面だが、キレイな女顔の乱人に上級生が目をつけ
カツアゲしようとしたところ、彼は凄いタンカを切って
その上、そいつらを逆にフクロにしちまった。
―4対1・・・。
その時、不破はボロボロの血だらけだったと目撃した奴が言ってた。
しなやかな野生の獣のように、不破は生きている。一人で。

俺は保科彼方(ほしなひなみ)。
自分でも思うけれどごく普通で地味なヤツだ。友達は多い。
当たり障りのない友達が。
可もなく不可もない、典型なオレは
不破の行動を珍しい動物を見るような印象をもって見てきた。
春が過ぎ、夏が過ぎ、相変わらず不破乱人は一人ぼっちだ。
冷めた眼をしている。
冷たいオーラを発してるみたいだ。
無遅刻、無欠席で成績はトップクラス。
でも不破は淋しくないんだろうか?
いつしか、誰にも内緒で、俺は不破乱人について深く、
興味を持つようになっていった。

日毎に、秋は金と紅を連れてひそかに、たしかに歩みを進めてゆく・・・。
校庭の隅のいちょうの木々が、金色に変わってゆく。
遠くに見える山も真紅く染まってゆく。
窓際の席の不破は、いつも外をながめている。
ぼんやりと、光がりんかくを描いてそれが見える。
揺れるカーテンと風の音がしていた。

授業がすべて終わり、なんとなく帰りたくなくて校庭をまわってプールのある方へ、歩いて行った。
もうひと気のない水のないプール。風が吹いている。
コンクリの階段を上がり、ふと、気がつくと向こう側に不破が立っていた。
下をうつむいてプールを見ている。水のないプールを。

偶然に驚きながら去ろうかどうしようかと、迷っていると
不破が顔を上げ、こちらを見た。
彼の瞳から、涙が流れ、落ちてゆくのをまるでスローモーションのように俺は見た。
そして、いつもの教室や廊下で見る表情からは、かけ離れた
もろいガラスのような傷つきやすい表情に俺は衝撃を受けた。
彼はすぐにはその表情を消せず俺を見ていたが
やがて、いつもの能面に戻ると風に吹かれ乱れた髪を
押さえながらそばを抜け、歩き去った。

(あれが不破・・・?あれが?あの強気の?どうして泣いて・・・?)
決して忘れられないイノセントな表情が心に強く焼きついた。

(何故、不破は泣いていたんだろう・・あのカオ・・あれが不破の内面なのか・・・?)
家に帰ってベッドに寝ころぶと、思考が頭の中をぐるぐるまわっていった。
それにしても、あの一種、子供のような無垢な表情は
とてもいつもの不遜な不破乱人からは考えられない。
(とにかく明日、彼に声をかけてみよう。)と、決心した。

朝、陽が差す廊下で、不破乱人の後姿に出くわした。
俺は勇気をふりしぼって、声をかけた。
「不破くん、おはよう!」
不破は、何だ?!というような顔つきで振り向き、
怒ったような顔で俺をしばらく見つめた後、シカトをきめこんで、歩いて行った。
「待てよ、アイサツくらいしたっていいだろ?」
さらにくい下がる俺を、振り返りもせず、彼は教室へ入っていって自分の席についた。
尚もしつこく不破の机の前に立ち
「昨日は・・・」
と、言いかけた所で不破は、怒りに燃え上がる紅潮した顔で
「うるさい!!」
と、クラス中が沈黙して、不破と俺を見た。
不破は怒りを隠そうともせず、敵意に満ちた眼で俺をにらんだ後
カオをそらし、窓の外にムリヤリ見入っていた。

仕方なくあきらめて、自分の席に戻ると
興味しんしんといった顔付きで、友達が話しかけてきた。
「彼方、不破に何の用事?」「まぁ、用事ってほどじゃないんだけど・・」
「何だよ」「なんとなく不破としゃべってみたくなったんだよ」
「ふーん」
変な奴・・と言った表情で俺を見た後、小声で耳打ちしてきた。
「やめとけよ、殴られるくらいがオチだぜ」
そういうと、自分の席に戻って行った。
たしかにそうかもしれない。俺は俺は不破の方をじっと見つめた。

・・・光が描く彼のシルエット。不破乱人は何を考えているんだろう・・。

先生の声をぼんやり聞きながら、ななめ前方向の不破の真剣に授業を
受ける姿を見た。
きのうの涙は、いったい何だっただろう・・さっきのキツイ瞳・・昨日の
あまりにも脆いくずれそうな表情がダブって浮かんだ。
彼は昨日見られた事を後悔しているのかも知れない。
きっと、人には見られたくない姿だったんだろう。いつもの彼からすれば。
そう考えれば考えるほど彼の内面を知りたいという気持ちが、強くなった。
冷たい―キレイな横顔。
それが彼の表層を表現している。でも・・・・・・。

その後、何度も何度も不破に話しかけたが、その度、無視されるか
ドナられている。あきれる友人達。
「ボランティアもいーかげんにしとけよ、彼方」「そんなんじゃないんだ」
「アイツは根っからの変わりモンなんだからよ、カミつかれるぜ、今に。」
「そうかな?」
「そうかなって・・お前あんな態度とられてて、そー思わねぇのか?」
「・・・・・・」
「ま、いいさ。気が済むまでつきあってやれよ、あの変人に。」

(何なんだろう?保科?)
帰って来た時、母がまた部屋を暗くして泣いていた。いつもの事だ。
あまり、家には帰りたくない。
いつも川辺りはファーストフードの店とか公園とかで
真っ暗になるまで過ごして、それから仕方なく帰る。
物心ついた時から父と母は仲が悪い。何が原因なのか乱人には謎だ。
母はほとんど毎日泣いている。
だからすぐ帰ると部屋に入ってしまう。
飲み物を取りに行く時だけ、居間を通る。
母は放心した顔でTVを見ているのか、いないのかさえはっきり分からない。
(多分・・・)
母は統合失調症だ。精神の平衡を失っている。
父は滅多に家に帰って来ない。
もうここ10年くらい父と母は冷え切っていて、父はほとんど家にいなかった。
(わからない・・どうしたらいいのか・・・)
母を病院に連れて行くなんて恐ろしいことはとうてい出来そうになかった。
幸い母は日常生活は暮らしている。
父に母のことを相談したが、まるきり相手にしてくれなかった。
父は一応の対面ばかりを気にして、母と離婚せず
崩壊している「家庭」をかろうじて保っている。
そんな父が母をなんとか、してくれるワケがなかった。
(オレにも勇気がないんだ・・母さんからも父さんからも逃げている・・)

作品名:月光ーTUKIAKARI― 作家名:中林高嶺