連載小説「六連星(むつらぼし)」第16話~第20話
連載小説「六連星(むつらぼし)」第18話
「原爆奴隷とは」
「福島の第一原発の事故以来、沢山の人たちが復旧作業で、
現場で必死に頑張っている様子をテレビで見ています。
原発の本当の姿と言うものが、それほどまでにひどいものだということを
初めて知りました・・・・。
ごめんなさい。何も知らない生意気な娘で」
「当然です。
表社会に登場させない闇の部分を、原発は持っています。
日本の原発を取り巻いている、きわめて特殊な事情が有ります。
原発が、見た目のハイテク設備で維持運営をされているのではなく、
多くの原発労働者が、被ばくの危険性にさらされながら
働いているおかげで、稼働しているということがお分かりだと思います。
この人たちは常に、使い捨てられる労働者です。
『現場』で働く者たちの中に、電力会社の社員は含まれていません。
下請けも、本来ならば、3次か4次までの下請けしか認められていないのに、
実際には、7次や8次などの下請け業者が存在します。
さらにその下に、臨時で雇用された人たちが、大勢います。
彼らはまさに、使い捨ての消耗品そのものなんです」
「働く人たちが、消耗品だなんて・・・・
それって違法どころか、まったく奴隷にちかい世界でしょう!」
響が、思わず驚きの大きな声をあげる。
目を細めた雄作がそんな響を、嬉しそうに見つめる。
「お嬢さん。原発労働者の大半の人たちが原発奴隷や、原発ジプシーなどと
呼ばれているのは、実はそのためです。
津波で破壊され、廃墟と化した現場には失うものを何も持たないひと達が、
常に入れ替わりで、送り込まれてきます。
日本中からかき集められた多くの人が、今日も福島に送り込まれています。
そうした実態は、何ひとつとして解決されていません。
放射能が蔓延している福島第一原発は、長い廃炉までのために、
常に大量の『使い捨て』の働き手を必要としているのです。
原発奴隷は、日本の原発が始まった時点から存在をしています。
『消耗品』として、世の中の特別な人たちがかき集められてきました。
私が3年ほど前に会った『専務』と呼ばれていた男性は、
特別な人たちによって、原発奴隷にされた一人です。
『専務』は、土木関連の大手で働いていた管理職の一人です。
ところが不況のあおりで会社は倒産。
本人もあっというまに破産して家族は離散。
急転直下でホームレスになってしまったという不運の持ち主です。
今の東京には、そんな男たちが溢れるほどいます。
『専務』が東京公園で、4つのダンボールの間で眠っていた時、
二人の男が近づいてきて、仕事の話を持ちかけられました。
特別な能力は何の必要もなく、工場労働者の倍額がその場で支払われます。
48時間で戻って来られるという、美味しい話です。
破産した元専務と、その他の10名あまりのホームレスは首都から北へ200kmの
福島第一発電所へ運ばれます。
そこで、清掃人として登録をされます。
「何の清掃人だ?」と誰かが尋ねたそうですが、現場の監督は黙ったまま、
特別な服を配り、円筒状の巨大な鉄の部屋へ彼らは連れていきます。
30℃から50℃の間で変化する内部の温度と、湿気のせいで
労働者達は、3分ごとに息をするために外部へ出ます。
蒸し暑くてとても作業が出来るような環境ではなかったと、
あとになってから、聞いています。
渡された放射線測定器は、最大値をはるかに超えていたそうです。
きっと故障しているに違いないと、彼らは考えました。
熱さに耐えきれず一人、また一人と、顔のマスクを外してしまいます。
防御用のメガネが曇ってしまい、視界が確保できなかったと言います。
時間内に仕事を終えないと、賃金が支払いされない約束になっています。
53歳だった『専務』はこの時のことを回想して、こう断言しました。
『俺達は、もっとも危険な原子炉の中で仕事をさせられている』と・・・・
福島原発訪問の3年後。東京の新宿公園のホームレスたちに対し、
黄ばんだ張り紙が現れます。
原子力発電所には行かないように、と警告文を発するようになります。
“福島の仕事を絶対に受けるな。殺されるぞ”。
しかし彼らにとって、この警告は遅すぎました。
原子力発電所における最も危険な仕事は、下請けの労働者やホームレス、
非行少年や放浪者、貧困者などを募ることでまかなわれてきました。
30年以上にわたって、習慣的に続いてきました。
そしてそれは何ひとつ変わることなく、今日も続いています。
ある大学教授の調査によれば、この間に700人から1000人の下請け労働者が
病気で亡くなり、さらに何千人におよぶ原発労働者たちが、
癌にかかっている疑いが有るそうです」
作品名:連載小説「六連星(むつらぼし)」第16話~第20話 作家名:落合順平