連載小説「六連星(むつらぼし)」第16話~第20話
連載小説「六連星(むつらぼし)」第17話
「原発の定期点検作業とは」
「原爆ぶらぶら病というのは、第二次世界大戦で広島に原爆が落とされた時の
病状のひとつから、命名され生まれてきた言葉です。
放射能による人体への悪影響の症例の事です。
私がかかってしまった、その病気の話をする前に、安全神話が崩壊をした、
原発について語らなければなりません。
なぜなら、私の被ばくは広島に落とされた原爆によってでは無く、
原発の炉心での作業による被ばくによって、もたらされたものだからです。
何故、んな危険な処で仕事をしていたのか、
それに日本の原発が生み出した、もうひとつの問題が潜んでいます。
ところでお嬢さんは、『原発奴隷』と言う言葉を知っていますか」
小刻みに身体を揺らし続けている雄作が、響を見つめたまま尋ねる。
背筋を伸ばし両手の指をテーブル上で重さねていた響が、
小さく小首をかしげて見せる。
「3月11日の東日本大震災の出来事の後、
原発や放射能の報道の中で、何度かそんな言葉を聞いたような
覚えが有ります。
でも実態については、私はまったく知りません」
「では私が働いていた原発と言うものがどんなものであるのか、
まずそのあたりから話をはじめましょう。
ほとんどの原子力発電所は、必ず風光明媚な海岸線などに建てられています。
大震災の前は、観光ルートなどにも組み込まれていて、
けっこう人気がありました。
ただし見学させるコースは、発電所のなかでも体裁の好い部分だけで、
いわゆる表面の部分だけに限定されています。
清潔で、複雑なコンピューターが並ぶ中央のコントロール・ルームを
見せたり、原子炉の炉心の上に案内をして
「ここが炉心の上です」などと、説明して、放射能の危険性などは
『皆無』だということを、ことさらに強調します。
しかし、2001年9月11日のニューヨーク貿易センタービルへ
旅客機が激突するというテロ事件が発生して以来、この原子力発電所の見学も
テロを警戒して、大幅に制限されるようになりました。
最近では、バスに乗ったままの見学などに変更をされています。
これ自体が、原子力発電所の持つ潜在的な危険性を見事に証明しています。
近代的な中央制御室をはじめとして、現代科学技術の最先端を行く
ハイテクのさまざまな部分は、実は原発の単なる表の部分です。
それだけを見ていると原発は、コンピューターだけで動いている
スマートな施設のように見えます。
しかし原発を動かすための実態と現実は、これらからはあまりにも大きく
かけ離れています。
原発の裏の部分では、たくさんの人々たちが常に放射線を浴びながら、
危険な仕事に従事しています。
どんなに原発の機械が近代化をされても、こうした裏の仕事なしに
原子力発電所は片時も動きません。
定期点検という言葉は、マスコミなどで耳に馴染みになりました。
原発は一年に一度発電を止め、発電機を含めて周辺の機器の
点検を行わなければ継続して動かしてはならないと、
法律で厳しく定められています。
原発はこうして毎年、厳しい点検整備をしないといけないほど、
きわめて危険きわまりないのない発電所なのです」
「その点検のために、ほとんどの原発が停止中だと聞いています。
この春、最後となる北電の原発が停まると、日本中の原発が、
すべて止まることも、新聞で読みました。
毎年、定期点検をしなければいけないと規制されているほど、
それほどまでに原発は危険なものですか」
「危険なのは原発では無く、燃料から放出される有害な放射能です。
些細な故障や破損などから、放射能漏れが起こる重大な原因につながります。
だからこそ、常に総点検が必要になるわけです」
「それでも福島で、放射能漏れの事故が起きてしまいました。
福島第一原発の周囲では、取り返しのつかない事態が既にはじまっています。
そうした危険性を抑止するため、常に
最善をつくしていたはずなのに・・・・」
響が、3・11直後に発生をした福島第一原発の惨状を思い出して
思わず、下唇を強く噛みしめている。
「トシさん。ビールをもらうよ」、そう言いながら雄作が立ちあがる。
それを見た響のほうが、一足先に動き出す。
冷蔵庫からビール瓶を取り出すと、グラスを添えて雄作の前へ静かに置く。
座りなおした雄作が嬉しそうにグラスを手にすると、響がゆっくりと
ビール瓶を傾ける。
泡が立ち過ぎないように・・・・やわらかく、ゆっくりと注ぎ入れていく。
作品名:連載小説「六連星(むつらぼし)」第16話~第20話 作家名:落合順平