連載小説「六連星(むつらぼし)」第16話~第20話
「気にしないでくれ勇作さん。
こいつは、本人的には悪気がないものの、土足で人の
心の中に踏み込むという、変な性癖を持っている、
24歳だと本人は言うが、どうも、あまりにも世間の事を知らないようだ。
いま、旨いものでも用意をするから、こいつに原発の実態と言うやつを、
たっぷり教えてやってくれ。
こいつはいまだに未成熟のままで、自分がこの先でなにをしたいのか、
それすらも見つかっていないようだ。
クラブでアルバイトをしているが、いまのところ何の役にも
立っていない有様だ。
世の中の厳しい現実っていうやつを、教えてやってくれ。
そうすれば、いくらかこいつの目も覚めるだろう」
(確かに私はトシさんの言うとおり、曖昧なままに生きています。
でもちょっと変ですねぇ。今たしか、私の歳を24歳と
言ったわよねぇトシさんは。
なんでトシさんが本当は 24歳だと知っているんだろう?
おかしいな、なんで私の実の年齢がばれたのかな・・・・
誰かに本当の歳を聞いたのかしら?)
いぶかる響の視線が、厨房へ向かう俊彦の背中を追いかけていく。
無精ひげだらけの勇作が、響とひとつ隔てた真向かいのテーブルに腰をおろす。
「あら、雄作さん。
そんなに遠慮をなさらずに、どうぞこちらへ。
いま紹介をされた、世間知らずの響です。
姓は正田(しょうだ)と言います。母は、湯西川で現役の芸者をしています。
訳あって家出中ですが、母とトシさんは旧知の仲のようです。
つい先日も仲良く温泉で、談笑などをしておりました」
「・・・・なるほど、たしかに個性的なお嬢さんですなぁ。
急な質問で申し訳ありませんが、その若さ、将来への夢とか、希望を
どんなふうにお持ちでしょうか。
差し支えが無ければ、わたしに聞かせてもらえるとありがたいですねぇ。
トシさんならず、わたしのような年寄りには興味があります」
勇作の無精ひげには、点々と白いものが混じっている。
ろくに櫛も通していないと思われる乱れた頭髪にも、
白髪が半分ほど混じっている。
綺麗に整えればロマンスグレーとも呼べそうだが、現状を見る限りでは、
ホームレスの乱れ髪のようにしか見えない。
土色に近い顔色と皮膚からは、生気というものが感じられない。
皺だらけの指先は、絶えず小刻みに震えている。
それでも響はおだやかな笑顔のまま、ま正面から雄作を見つている
「私は、父を探して、家出同然で湯西川を出ました。
というよりも、やるべきことが湯西川という土地では狭すぎて、
見つからなかったというのが本音です。
目標が見つからなかった湯西川を飛び出し、何かを求めて
刺激のある東京へ出てみましたが、そこもまた私のような田舎者には、
落ち着かないだけの空間でした。
やはり母に支えられていないと、まだ何も出来ないようです。
都会と言うものが怖くなり、ここまで戻ってきましたがちょっとしたことから
此処のトシさんに拾ってもらいました。
でも、ここでもまた私は、目標が見えていません。
ただ、とりあえず此処に居るだけの生活を、漠然と続けています」
「なるほど育ちがよすぎるうえに、嘘がつけない性格のようです。
お母さんの躾(しつけ)が、そのような方針だったのかもしれませんねぇ。
私の身の上を話してもいいのですが・・・・
壮絶すぎて、とてもではありませんがうら若いお嬢さんが、
楽しく聞けるお話ではありません。
原発病は、『原爆症』と昔は呼ばれていました。
ご存じでしょう、広島と長崎に落とされた原子爆弾の脅威のことを。
私の病気の起源は、そこからははじまります。
いいんですか、これから私の暗い話が始まりますよ、お嬢さん。
それでも、その先を聞きたいですか?」
「是非。聞かせてください・・・・」
居ずまいを正した響が、テーブルの上へ、箸を綺麗に揃えて置く。
(なんだろう原爆病って。初めて聞く病気だわ・・・・)
早くも持ち前の好奇心が、響の中で、ざわざわと音を立てて動きはじめた。
作品名:連載小説「六連星(むつらぼし)」第16話~第20話 作家名:落合順平