キラー×ポリスガール
「ああ、守ってやるよ。約束する。だからお姫様、それまでいい子にしてろよ」
そう言っていつかの頭を優しく撫でてやった。いつかは照れくさく、けど嬉しそうな顔ではにかみながら「お城」へ帰って行った。
アパートを出て、夏山は携帯電話を取り出した。
「父さん、仕事は終わったよ」
仕事の報告を終えると、夏山は緊張が切れたせいか、ふいに疲れと形容しがたい感情に駆られ、思わずバイクのシートにもたれかかった。
無理も無い。まだ高校生の年齢で人殺しを犯したのだ、罪悪感に駆られない方がおかしい。夏山は吐き気を感じずにはいられなかった。夏山は気を紛らわすために夜空を眺めた。
住宅街からの夜空はとても狭く感じた。月すらも高層マンションの影に隠れてしまっている。しかしその中で夏山は一番星を見つけることができた。とても強く輝いている。
(宝石なんかよりもよっぽど綺麗な輝きだ)
夏山はその星に手を伸ばそうとした。見えない血で塗られたその手で。あまりに遠すぎて届くことはない、それでも夏山は掴もうとするかのように手を伸ばす。そして今夜のことを洗い流そうとした。初めて人を撃ち殺したことを。
そして一番星に向かって大きく手のひらを握り締めた。一人の人間の命を救ったこと。
小鳥遊いつか、彼女の帰り際に見せてくれた笑顔だけがこの罪の意識を綺麗に洗いながしてくれた。
夏山は、もう二度と会うことはないだろうと直感しながらも、彼女が生きていくことが自分の今の存在価値を見出してくれると痛感した。
夏山はふと疑問に思った。
『正義』とはなんだろう、と……
十年後 ~いつかの張り込み~
夏山は刑事になった。真冬の深夜の中、灰色のセダンの車内の運転席にいる。黒いコートの下には黒いスーツ、その下には黒いYシャツに赤いネクタイ。それが今の刑事となった夏山の身なりだ。顔も以前のような優等生顔とは程遠く、目つきが鋭く、髪も短髪で、一見ヤクザのような人相の悪さに変貌した。それも警察という組織に長くいたせいだろう。
夏山は車内にはいるもののエンジンが切られているため寒さのあまりに震えている。
(寒い、寒くて死にそうだ。それに煙草も吸いたい)
夏山は車内を見渡した。助手席には白髪交じりのくたびれたスーツを着た中年が寝ている。名前は三橋重蔵。五十五歳、本来駐在所に勤務しており、階級は夏山より一階級上の巡査部長で、体躯も夏山よりも大柄だが威厳がない。その分、人当たりも良く、地域住民にはもちろん同僚にも慕われている。夏山もこの男を気に入っており、三橋部長と気軽に呼んでいる。しかし三橋のイビキのうるささに夏山は我慢できそうになかった。
「グゴゴー、ゴグゴー、ンゴーー!」
車内は三橋のイビキで小刻みに揺れている、そう夏山は錯覚した。バックミラーから後部座席にいる人物を確認すると、やはりこちらもスヤスヤと寝ている。夏山はこんな凄まじいイビキの中で熟睡できる神経の図太さに賞賛を与えたくなった。しかし夏山は頭を抱えた。現在彼らは刑事で、被疑者の自宅をコウカク(行動確認の暗語)中で、まさに張り込みの現場の真っ只中なのだ。夏山は外の周囲を見渡した。
被疑者宅には明かりがついている。人気はなく変わった様子はない。現在、被疑者は二歳上の姉と同居しており、その姉は夕方五時の時点で帰宅しておりそれまで来客の様子はない。つまり今被疑者宅にいるのは姉一人である。夏山は昼間の張り込み班の引継ぎ報告書に目を通していた。腕時計を確認したら、今は午前3時であった。そしてポケットから手を突っ込み中の物を取り出す。被疑者の写真だ。夏山はその姿を確認した。
写真の人物は少年で、特攻服を着込んではいるが、顔立ちは幼く、優顔だ。それを誤魔化すように金髪に染め上げた髪をオールバックにし、眉も剃っている。印象的なのは180センチ前後の高い背丈だろう。
夏山はぼやいた。
「こんなガキが暴走族の頭やってんのかよ……」
しかし写真の人物がいたら嫌でも目につく。人通りの全くないこの場所でうろついていたら、まずは見逃しはしないだろう。寝てさえいなければ……、と夏山は考えていた。
夏山は再び車内を見渡すと残りの二人は相変わらず熟睡中であった。ドアガラスを半分開け、胸ポケットからマルボロを取り出し、一本口に咥え火をつけた。煙を肺に入れる。
(ヤニでも吸ってなきゃ、やってらんねーよ)
長時間の張り込みのストレスのせいか、煙草の味は格別だった。夏山は一本吸い終えると続けて二本目を口に咥えようとする。すると、
「ナツ……、何煙草吸ってんのよ!」
後部座席から可愛い怒声が聞こえると同時に、背後から夏山の襟首が引っ張られる。バックミラーからさらさらとした黒いロングヘアなびかせた、天使のような顔をした女の子が鋭い眼光で夏山を睨んでいる姿が映っていた。夏山は小声で、
「いつか班長……すいません、つい……」
「張り込み中の失敗は煙草の火のせいで対象者に感づかれること。常識でしょ! それにこの煙草臭さどうしてくれるの! あんたの副流煙で肺ガンになったらどうしてくれるの!」
「いつか班長……お言葉ですが、張り込みの失敗談で一番多いのは睡魔に襲われることで、さっきまでいつか班長は熟睡してましたよね? あとちょっと声が大きいですよ」
「話をそらさない! 張り込み中は絶対禁煙よ! それに私はちょっと瞼を閉じていただけよ!」
スースー寝てたじゃないか、と夏山は抗議したかったがこの甲高い声がこれ以上響くのはマズイと感じ、いつかの要望通りに煙草をしまう。するといつかは夏山の襟首を解放する。そしていつかはモジモジした様子で夏山に恥ずかしそうに話しかける。
「それよりナツ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
「何ですか?」
「張り込み中…その…トイレ行きたくなっちゃったら、どーするの?」
いつかは顔を赤らめていた。それが夏山の悪戯心をくすぐる。
「ああ、小ですか? 大ですか?」
「……小よ……」
いつかが顔を赤らめる。
「さすがに立ち小便するわけにもいきませんしね、コレつかいます?」
夏山は交通渋滞によく使用される凝固剤入りの携帯トイレをいつかに差し出した。
「こんなの使えるかぁ! 女の子をなんだと思ってるの!」
いつかは夏山から差し出された携帯トイレを放り投げた。
「アハハ、冗談ですよ。この路地を右に真っ直ぐ歩けば五分くらいの所にコンビニがありますから、そこに行って下さい。あとついでに温かい缶コーヒーを三人分お願いできますか?」
「……上司をパシリにするつもり?」
「嫌なら代わりにオレが行きますよ。ちょっと待ってて下さい。立ち読みしたい本もあるんで」
いつかは冷やかす夏山をきっと睨みつけ、
「ナツは現場に待機。あたしが行く。ついでに買い物してくるわよ。ったく」
いつかが小走りに立ち去るのをニヤニヤ眺めながら、夏山は再び煙草を口に咥え、火をつける。
「ヤレヤレ、どうせ被疑者なんて現れないさ」
作品名:キラー×ポリスガール 作家名:真田 サヤ