キラー×ポリスガール
夏山が蹴り上げたドアから中年の男が勢いよく飛び出す。中年は色あせたTシャツの汚い身なり、下半身には何も身に着けていない半裸の姿だった。中年は車から出てきた時は驚いた顔をしていたが、夏山の制服を見るなり態度は一変し、ほっとした顔をして夏山を眺め、あざけ笑った。
「なんだ、ガキじゃねぇか」
夏山は半歩下がって、車内の様子を探った。中年の背後の後部座席にはジーンズが置かれ、その上には刃渡り二十センチ程の包丁があった。そしてその奥には女の子がいた。歳は小学校低学年ぐらいだろう。着衣の乱れは無かったが、恐怖に怯えきった表情をしていた。
夏山はそれだけで状況を理解した。そして中年は後ろに置いていた包丁を取り出し、
「今からイイトコだったんだよ。邪魔しやがってクソガキがぁ、生きて帰れねぇぞ! オメーから始末してやる。お楽しみはその後だ」
包丁を夏山の前に振りかざす。しかし夏山は何の反応もせず、無表情で話しかける。
「海原龍一で間違いないな」
「そうだよ、それがどうした。これから死ぬお前には関係ねーんだよ。後ろにいるチビと一緒にこの山に埋めておいてやる。穴を掘るついでに、オメーのケツの穴も掘いでやるよぉ! なぁびびったか、びびってんだろう?」
「お前は馬鹿だな」
「ああ?」
「そのただのガキが自分の名前を知っている事に何故疑問を持たない? 何故自分の目の前にいることに疑問を持たない? オレはお前のことはよく知ってるぞ。五年前、連続幼女殺害事件で逮捕、地裁と高裁で有罪になったが、証拠不十分と逮捕時の警察の取調べに違法性があったため、最高裁で逆転無罪、そして一ヶ月前に釈放され、今や冤罪のヒーローとしてマスコミに取沙汰されている。だが現実はこれだ」
包丁を持った海原は手を震わす。なおも夏山は告げる。
「お前はただの有罪にならなかっただけの犯罪者なんだよ」
海原は震えを紛らわすように怒鳴り声を上げる。
「オメー何もんだぁぁ!」
余裕をもって夏山はその質問に答えた。
「見た通りの高校生だ。名前は夏山明、高校一年生、厚木市にある公立高校に通っている。成績は優秀、生徒会の役員にも選ばれている。そして……」
混乱した海原を冷たい瞳で見据えながら夏山は告げる。
「今日がオレの誕生日だ。そしてこれが父さんからのプレゼントだ」
夏山は制服の中に仕込んであったホルスターからBeretta M92を取り出し、海原の顔に突きつける。安全装置を外し、どの瞬間でも撃てるように、引き金に添えてあった人指し指に力を加える。
「オレがプロフィールを説明したのはお前の言葉を借りるなら、これから死ぬお前には関係ないことだからだ。お前に殺された子供の両親の依頼を遂行する」
目の前に拳銃を突き出され、最初は居丈高かった海原は途端に身をすくめ、思わず地面に尻もちをつく。
「ちょっと待って、悪かった。チビも解放するし、もう悪さはしねぇ。だから頼むから命だけは助けてくれぇ!」
海原は手から包丁を落とし、土下座を始めた。生きることに必死になり泣きつかんばかりだった。しかし夏山の拳銃の銃口の先は固定されたままだった。
「オレは法で裁くことができなかった犯罪者を裁く、社会のゴミを裁く始末屋だ。そして海原」
「はい」
先ほどまでガキ呼ばわりしていた夏山に海原は敬語までつかいだした。しかしその卑屈さは夏山を嫌悪させた。
「お前はそのゴミだ」
引き金に夏山は力を込めた、刹那。
けたたましい銃声の爆音が山中に鳴り響いた。
銃の反動に少しばかり夏山は驚いた。
(凄い威力だ、訓練で使ってたニューナンブとは大違いだな……)
咽返る硝煙の臭いに夏山はすぐに我に返った。初めての仕事が成功したか確認する。銃創は海原の両目の間にあった。夏山は納得しない顔をした。
(狙ったのは額だ。あの至近距離で外すとは……まだまだ甘いな)
すぐに夏山は海原の死体を持ち上げ、道路脇のガードレールの下へと放り投げる。ガードレールの下は急斜面の崖になっており、そのさらに下からは水流の流れる音が聞こえた。
(これで当分発見も遅れるだろう)
次にワンボックスカーのナンバープレートの付け替えを夏山は行った。元のナンバープレートは鞄にしまう。そして夏山は車内の後部座席にいた幼女を車から出す。一部始終を目撃していたからひどく怯えていた。しかし夏山は幼女に有無を言わさずフルフェイスヘルメットを被せた。幼女はひっしりと夏山の脚にしがみついている。夏山が自分を助けにきたことくらいは理解できたのだろう。夏山は躊躇無く用意していたガソリンタンクを車内に置き、車から離れて車から少し離れていた所に駐車していたバイクを盾にするようにしゃがむ。そして再びBeretta M92を車に向けて構える。
(今度は外さない)
海原の顔を思い浮かべながら、引き金を引いた。
壮大な炸裂音とともに、ワンボックスカーは盛大に爆発した。飛散した破片がバイクにぶつかる。
しかし夏山は冷静な顔をして制服のポケットから携帯電話を取り出す。
「父さん、仕事終わったよ。大丈夫、ナンバーは身元が割れないように付け替えたから、家で処分するよ。けど依頼人は同じ被害者がいたら助けてくれとは言ったけど、この子の親はわからないんでしょう? どうしようか、警察はまずいよね。ちょっと待ってて」
幼女に優しく夏山は話しかける。
「ヤレヤレ、お嬢ちゃん、名前教えてくれるかな? あと住んでいる所とか電話番号とかわかる?」
幼女は夏山に見向きをしなかった。視線の先は燃え盛る忌まわしい車の残骸だった。先ほどまで自分を恐怖の底に陥れていた車が壊れていく様子を呆然と眺めていた。夏山は肩をすくめ、
(ヤレヤレ、答えられないのも無理ないか、さっきまであの中にいたんだもんな)
夏山が逡巡すると、
「いつか」
「え?」
幼女は夏山に向かって口を開いた。凛とした強い瞳が印象的だった。か弱い幼女と思い違いしていた夏山は驚きを隠せなかった。
「あたし小鳥遊いつか。お兄さんは?」
「ああ、夏山明、君を救いにきたんだ。それでえっと……」
「じゃあ、あたしはお姫様。お兄さんは悪者をやっつけてくれた正義の勇者なんでしょ?」
「まぁそうなるかな……」
「じゃあ、あたしをお城まで送り届けて、正義の勇者なんでしょ?」
「それはいいけど……自分の家わかるの?」
「案内してあげるわよ、さぁはやく行こ!」
そうして夏山は愛車FZにいつかを乗せ、彼女の案内にしたがって山道を後にした。
○
午後十一時 横浜市瀬谷区
小鳥遊いつかの案内は正しかった。とても幼女の方向感覚ではないと夏山は驚いていた。いつかの住所は横浜市の郊外にあるすたれたアパートだった。
(こんな安アパートが「お城」か……)
夜も遅く、いつかの両親は心配していたが、まだ警察に届け出ていなかった。夏山はいつかの両親に近所を通りがかったところを見かけて送り届けた、と簡単に説明した。いつかが両親に連れられ家に帰ろうとした瞬間、夏山の方へ振り返って、
「またピンチの時は助けに来てね、正義の勇者様!」
夏山は屈託ない笑顔で答えた。
作品名:キラー×ポリスガール 作家名:真田 サヤ