風、彼方より舞い戻る 神末家綺談8
夜闇が落ちた村。ざわざわと風に木が鳴く。小夏はスニーカーをはいてマフラーを巻いた。かなり冷え込んできた。
「準備はいいか」
「まかせて。伊吹ほどではないけれど、役に立てると思うから」
コートを羽織り、穂積とともに冷たい夜のなかに出る。
(こんなこと今まであったかな、結界が弱まっているなんて)
きっかけは、今朝の穂積との散歩だった。彼が早くから出歩いていたのはただの散歩ではない。数日前から不穏な気配を感じていたようだ。
村は、山に囲まれるように存在している。山には神末家の神がおり、婚姻関係を結んだ長男の力により守られている。古い土地であり、まだ山や川などの自然にも力が宿っている。それらの力が人間の住む場に干渉しないよう、結界を張るのもまたお役目の仕事である。
その結界が弱まり、結界の力「境目」が曖昧になっている。こちらのものと、あちらのものが、徐々に交じり合っているというのだ。
(境目の結界が弱まっているということは、お役目の力が弱まっているということ。すなはちそれは、花嫁の力が弱まっているということなのかな・・・)
小夏はこれから穂積とともに、村に点在する「境目」のほころびを直しに向かうところだった。昼間偵察したところ、確かに境目の力が弱まっていることを確認した。
「村の者からも、幾つか報告を受けた」
穂積が先を歩きながら言う。暗い石段を降りる後姿を、小夏は追いかけた。
「報告?」
「そう。夜中、得体の知れぬ何かが家の外を歩き回っているだとか・・・飼っている鶏が減っているだとか・・・そういう不可思議なことが少しずつ増えているようだと」
「・・・見えない何か、聞こえない何かが、村の中を徘徊している・・・ってことだね。曖昧になった境目の向こうから、這い出てきている」
本当なら、こういうとき穂積につき従うのは跡継ぎの伊吹なのだが・・・。
「こんな夜にあのバカは・・・」
作品名:風、彼方より舞い戻る 神末家綺談8 作家名:ひなた眞白