関西夫夫 クーラー6
「はいはい、お疲れさん。なんかおかしいと思ったら、タク使うんやで? たぶん、そこまではしてへんと思うけど。」
「わかってる。明日も、ここで集合か? 」
「いや、朝はええやろ。そこまで、きっちり監視してるとは思われへん。どうせ、みみっちぃ金で興信所を雇てるんやろうから、そこまではないと思う。やってるとしたら、会社の前で出勤の確認やろうな。」
「なるほど。」
とりあえず、俺は店の背後にある階段を昇って寮に入る。この商売、閉店まで働くと、どうしても終電に間に合わないので、従業員の大半は寮に住んでる。俺も、最初は、そうしてた。ただ、学校のほうに届けるのに、住所がマズイから堀内がアパートを借りてくれた。
一端、事務所になってるとこへ入って、郵便物がないか確認だけする。俺の住所は、ここになってるが、郵便物は支社に届くように手配してるから届いてるもんは、ほぼダイレクトメールだけなので、確認したら捨てる。それで用事も完了。今度は、寮の中を移動して店の中へ降りる階段へ出る。そちらへ出て、そのまま客と一緒に出たら、暗くて顔までは判明しない。ライトのないとこを選んで歩き、地下鉄の駅へ向かった。
翌日の昼休みに、それは現れた。昼飯を東川さんと食って休憩してたら、事務の女の子が部長室にやってきた。とうとう来たか、と、東川さんが弁当を片付ける。
「ええな? みっちゃん。殴るんやないで? 」
「わかってる。・・・総務部長ってえらいんちゃうんか? 」
「たぶん、わしぐらいやな。おまえんほうがエライ。」
渡された名刺には、浪速の法人の総務部長という肩書きがついてた。さすがに、両親は顔も合わせたくないらしい。そら、そうやろう。追い出したのに呼び戻すんは業腹やろう。スーツの上着を着ろ、と、東川に言われて、暑いのに、と、渋々、羽織った。こういう場合は、はったりもアリやからな、と、注意される。
「俺のアホ面は、どーにもならんやん。」
「心配すな。黙ってたら、それなりに見える。・・・一応、用件は聞け。怒鳴るなり、追い返すなりは、それからや。」
「めんどいのー。」
「一回で終わらせたかったら、それが有効や。何度も来られたら、そのほうが面倒や。」
確かに、そう言われたら、そうなんで俺は大人しくソファに座りなおした。とりあえず、タバコの一服はする。ぷかぁーと煙を吐いたら、扉が開いた。
「部長、お客様です。」
滅多にない東川さんの共通語で、慌ててタバコをもみ消して立ち上がった。案内されてきたのは、初老ぐらいのおっさんで、堀内のおっさんぐらいと思われた。丁寧に挨拶して名刺を取り出した。さっき見たんで、俺は手にして、どうぞ、と、ソファを勧める。女子社員が麦茶を運んで来た。
「休み時間に失礼いたします。お忙しいそうで、なかなかお会いできなくて焦りました。」
「すんませんなあ。俺、本社と支社と両方で仕事をしてますんで。・・・・それで、俺に何か御用がおありやそーですが? 」
そう水を向けたら、すかさず、何やら書類を取り出して渡された。それは、生家のやってる法人の財務関連の書類やった。
「これが? 」
「けっして怪しい話ではありませんので、財務関連の書類を持参いたしました。わが社の財務は正常な状態で、銀行からの借り入れなども返済は、きっちりと行なっておりますし、賃金の未払いなんかもございません。そこいらを確認していただけますか? 」
「なんで、俺が、これを確認せなあかんのですか? これ、極秘資料でしょ? 部外者に見せるのはマズイんちゃいますかね。」
「いえいえ、お戻りいただきます水都さんには、知っていて貰わなければならない事柄です。」
「はい? なんのことですか? 戻るも何も、俺は何も聞いてないし、戻るつもりはありませんで? 」
「社長から、連絡はありませんでしたか? 」
「ありません。・・・・生家には、弟がおって家業はついでますやろ? 今更、俺が戻る理由はありませんで? 」
たぶん、堀内は知ってるのだろう。だから、俺に先にヘッドハンティングの話をふってきた。そうすると、総務部長は苦笑して、実は・・・と内情を話し出した。実弟は、学究タイプの人間で経営には向かないのが判明したのだ。それなら、実際の経営は水都に任せて、サポートを実弟がやるほうが理想的だと浪速の法人は判断したとのことだ。どんだけ、自分勝手なことを言うてるんや? と、その総務部長の話を黙って聞いていた。
「ということですので、早急に、こちらを退職して、うちのほうへ移っていただこうと思います。一月ぐらいで、いかがですか? 」
「はあ? どういうことですか? 俺は、何も言うてませんで? 勝手に、人の予定を決めてもらっても、それ、俺には何の旨味がありますねん? 」
「いえ、社長は、そのようにおっしやっておりますし・・・水都さんも、今の給料よりは高額の手当てと地位を保証されております。こちらで宮仕えされるよりは、ご自身で経営をされるほうが楽しいと思いますが? 」
「いや、俺は、ここでサラリーマンやってるのが性に合うてます。二十年も音信普通の俺のとこに話をふってくるだけでも、おかしなことですで? 」
「しかし、ご実家のことですし、浪速家の方も、そうおっしゃってますんで、ぜひ。」
「実家? 俺には、実家はありません。たぶん、ご存じないから申し上げますが、俺の戸籍は独立戸籍で、浪速の家とは縁切りされてますんや。今更、戻れって言われても。」
事実なので、そう言ったら、相手のおっさんは、むっとした顔をした。それから取り繕うように笑顔で、「ですが、いつまでも、ここに置いてもらえるわけではないでしょう? 」 とか言い出した。
「こちらも、それなりに調べさせてもらいました。こちらの上司と関係があって、その加減で、ここで仕事をされているとか。そういうことでしたら、関係がなくなれば、それこそポイと捨てられるんやありませんか? 今時、あなたの年齢で再就職は難しい。そこのところは、お考えですか? 」
関係はないっちゅーねんっっ、と、俺は内心でツッコミや。そういうことになってるのは知っている。なんせ、堀内が大々的に宣伝してるからや。ついでに言うと、再就職は可能や。おっさんが梃子でも動かさへんために、そういう噂を流しているのだ。
「そういうことはありますけど・・・・あのな、おっさん。俺のパトロンは、そんなことだけで、俺を、ここに座らせてるわけやないんや。ここに座れるだけの能力があるから、俺は仕事させられてるんや。人を身体だけで居座ってるみたいに言わんとってくれるか? 失礼やろ? 」
もう、ええかな、と、少し大きめの声で言うたら、おっさんは絶句した。
「ですが、ご家族が、そう頼まれておられるんですから。」
作品名:関西夫夫 クーラー6 作家名:篠義