関西夫夫 クーラー6
「ないんちゃうか? 母親は、ほんまに俺のこと、嫌いみたいやったし。」
「でも、生んだんは、その母親なんやろ? 」
「戸籍上は、そうなってるし、じじいとばばあが、そう言うてた。・・・まあ、そんなことやから、俺、親の顔も、あんま覚えてへんねん。もう二十年ぐらい逢うてない。」
まあ、そこいらのことは、東川も佐味田も嘉藤も覚えている。堀内が子飼いにすると宣言して教育したのが、高校生の水都で、そこから二十年、今まで働いている。堀内が徹底的に教育したので、他の人間よりも仕事には詳しいし処理も早い。どこでどう間違ったか、男の亭主ができて、現在も生き生きと暮らしているので、肉親との縁が薄いことは承知のことだ。
「まあ、こらあかんと思ったら、大声出せ。」
「わかった。こっちは変わりないけ? 」
「これといってはないな。お盆辺りは売り上げも多いやろうから、そこいらは厳しくチェックせなならんやろう。ちょっと締めて、と、各店舗には指示してる。」
「了解。換金の金とか、そこいらは考えるわ。銀行の休みは・・・これやったら、さほど問題はないな。」
「換金所に行けるほどの文鎮を貯められるやつがおったら拍手やな。・・・まあ、適当に各店舗で開く日は設定させてるから。」
盆休みは、人手が多くなるので、いつもより回転率を下げて当たらないように操作する。まあ、確率は下げるが、ひとつかふたつは当たるようには手配する。そうすると、それに釣られて客は金を出す。そこいらの加減は、佐味田と嘉藤の担当なので、水都は任せきりになっている。
外から、ノックの音がして、「課長、電話です。」 と、女性社員の声がした。ほな、仕事しますか、と、全員が立ち上がる。
「ああ、あとな、しばらくは、おっちゃんと帰るんやで? 通勤途中で勧誘されてもかなんからな。わしのクルマで。」
去り際に嘉藤のおっさんが、そんなことを言い出した。日々、おねーちゃんと酒を呑むことに生き甲斐を感じてるおっさんが、俺の送り迎えをするとか言われても、はいはいとは頷けない。
「嘉藤さんと? いや、そこまでせんでもええがな。」
「ちゃうがな。おまえの住所、店の寮になってるやろ? そこまでは、わしと帰る。そこで分かれて地下鉄で帰れって言うてんねん。・・・一応、住所の場所までは足跡残しとかんとおかしいからや。そこからやったら、わしは電車で飲みに行ける。」
「・・あ、そうか・・・俺の住所な。」
「忘れてたな? おまえの住民票は、寮やぞ。」
「はいはい、ほな、頼んます。」
俺の住所は、支店の社員寮になっている。そうせんと、いろいろとややこしくなるので、堀内が勝手に決めた。住んでるハイツは花月の名義やし公共料金も花月の名義で落ちるから、俺の住所は動かさなかった。
いつも通り、九時前に仕事が終わって、嘉藤さんと戸締りして会社を出る。会社専用の駐車場があるので、嘉藤のクルマは、そこに停めている。
「今日やと踏んでたんやが、来やへんかったな。」
「せやな。東川さんが言うには、先週、電話あったんやろ? 」
「おう、何度もかかってきたで。その度に、出張してるって言うたら、いつ戻るんや、と、質問や。来週には、とは言うたが、月曜は外したらしいな。」
先週、水曜から金曜まで、俺は中部へ出張ってて留守やった。その間にも連絡があったらしい。
「俺、普通の会社の経営なんか、なんも知らんのに。」
「まあ、似た様なもんやから、ちょっと見てたら解るようになる。わしらかって、最初は素人やってんからな。」
まあ、最初は、堀内に仕込まれて叩き込まれたので、全員が同じように素人から出発している。俺は高校の頃から金の流れやら、資金繰りやら試算表の見方なんかを叩き込まれた。商品の動き、換金額、人の出入り、売り上げの推移、そんなものを一通り教えられたら、なんとなく流れは理解した。まあ、全部できるようになるのに5年ほどかかったが、堀内は、それでも上出来やとは言うてた。
「今から? そんなめんどーなことしとうない。」
「わしも、もうやりとおない。・・・・縁切りしたくせに、呼び戻せると思うてる、おまえの親がおかしいと思う。呼び戻すつもりやったら、なんらかの繋がりは続けとくもんや。」
「俺も、それは思うわ。ほんま、なんもなかったもんなあ。・・・まあ、お陰で亭主ができたけど。」
金がなくて、でも意地でも大学は卒業するつもりで働いてた。あの時、花月に逢うてなかったら、俺は、ここまで生きてない、と、堀内も沢野も言う。まあ、確かにそうかもしれへん。運転席で嘉藤が豪快に大笑いしている。
「バクダン小僧なあ。ほんま、あんなおかしなヤツは、そうそういてへんやろう。」
「おらんやろうな。頭おかしいて孕まへんから、嫁になれってプロポーズからしておかしい。」
「はあ? なんや、それ? 」
「花月は、俺が男で子供ができへんから、女房にしたいって言うたんや。 ・・・・意味がわからん。別に子供嫌いでもなさそうなんやけどな。」
「・・・それな・・・たぶん、おまえがええってことなんや。そんなおかしな生き物はわしが生きてる間に、逢うたんは、みっちゃんだけや。おまえは、どうやったんや? 」
「え? うーん、楽でええなあ、と、思ったんよ。ごはんしてくれるし、世話焼きやし、とりあえず楽やったから。」
実際、花月は、本当に世話好きで、俺は、ほとんど何もしなくても生活できた。それが楽やったし、家賃やら光熱費なんかも、二人で支払えば経済的やったのも結婚した理由や。
「ほんなら、それでええんやろう。」
「せやねんやろうな。・・・あ、もしかして、俺がホモとかいうのもバレてんねやろうか? 」
「ホモっちゅーか、堀内はんの愛人やって有名やから、そこいらはバレてるやろ。業界のちょっとした人間やったら、おまえのことは知ってるはずや。」
「それ、脅しの材料になるんか? 」
「まともな人間やったらな。周囲にバラされたくないんやったら、言うこと聞けってのは、アリやけど、おまえ、バレよーと騒がれよーと困らへんからなあ。」
「困らへんなあ。すでに、堀内のおっさんが死ぬほどバラ蒔いたぁーるから。沢野のおっさんまで言うてるし。」
表向きには、俺は堀内の愛人で、関西支社の統括という地位につけられている、という話になっている。実際は違うが、堀内が言うには、堀内の愛人を引き抜くのは難しいと思わせるための方便ってことやった。俺のほうは、どういう噂をされても構わへんかったから、否定したことはない。周囲には、有名な話で本社でも、それで通っている。
「沢野はんもエグイこと言う。堀内はんの前に、おまえを食うたって、女好きが、なんで、みっちゃんを食うんやが。」
「もう、いろいろと混ぜ込んで遊んでるんやろ。」
この時間になると繁華街の自動車も少ない。三十分もせんうちに、支店の寮に辿り着いた。ここから地下鉄で三駅なので、通常の通勤時間と変わらない。
「一端、階段は昇りや? つけられてる気配はないけど、用心はしとこ。」
「へいへい、嘉藤のおっさんは、これから出勤か? 」
「せや、地下鉄で戻ったら、ええ時間や。たまには付き合うか? 」
「いらんわ。俺、メシはしてもうたぁるからな。ほな、お疲れ。」
作品名:関西夫夫 クーラー6 作家名:篠義