関西夫夫 クーラー5
「おまえ、駅の土産はあかんやろ? とらやのがええんや。」
「知らん。もうええ。」
「まあ、そう言いな。おっちゃんが、ええの選んだるさかい。先にビジホから荷物取ってきい。」
堀内に急かされて、水都もオフコンの電源を落とす。まだ、定時より少し遅いぐらいなので、いつもの帰宅時間に間に合う。さすがに仕事が忙しくて、今週も遠征はできなかったのだ。ほな、あとで、と、水都が出て行くと、携帯を取り出した。土産になりそうなものを注文して、それから堀内も部屋を出る。データはメールで送られているので、ここにあるのはダミーのようなものだ。欲しければ奪われても惜しいものではない。
水都が二週目の出張に出ている間に、堀内の下へ情報は届いた。まあ、見れば呆れるような話で、沢野に見せても肩を竦めただけだった。なるほど、それで恨みを買ったのだ、というのが、よくわかる図式だった。
「みっちゃんに代取とらせて、アホにこづかい銭を渡せてか? あほちゃうか? 今まで、散々、無視して、これかえ? 堀内。」
「思い出したんやろう。自分の息子が、もう一人おるっちゅーことに。ほんま、ドクソ野郎やな。」
浪速の家の報告書を、つらつらと眺めて沢野も舌打ちした。なるほど、と、納得できる脅しだ。
「大学院に弁護士、司法書士、行政書士。ほんであかんから公認会計士、税理士って全部、なんも資格は取れてないんやな。・・・で、結婚までしてけつかる。」
「職場で、いろいろと損失も出してるみたいやなあ。」
水都の実弟は、確かに成績優秀で公立の大学へ入学している。そこを、さらに大学院まで出て、さらに資格習得の名目で専門学校にも通っていたらしい。だが、どれも資格は取得できず、会社に常務として入ったものの、世間を知らない人間に会社経営などは無理な話で、そこで、損失を出したらしい。経営自体には問題がないが、跡取りが、それではおちおち、経営権を渡すわけにもいかなかった。そこで、思い出したのが、水都のことだ。愛人関係にあるとはいえ、曲がりなりにも関西統括部長という地位で働いているということまでは調べたらしい。水都に代表取締役を継がせて、実弟には、小遣い銭を渡して飼い殺してもらおうという算段をしているという報告に、堀内も沢野も呆れた。わざわざ、戸籍も外して縁切りしたくせに、こんな時に呼び戻せると思う考えが、そもそもおかしい。
「どないする? 堀内。」
「断らせる。・・・あほには灸を据えておかんとあかんやろうなあ。」
「幸い、みっちゃんに接見禁止は言うてあるから直接には顔は出さないはずやが? 」
「そこほれ、なんか仕掛けるがな。こいつがクルマを買い替えた時期からして、どう考えても、犯人はこいつやろ? 絞れるだけ絞ったるつもりやが、沢野はんは一枚噛むか? 」
もちろん、水都が轢き逃げされた、すぐ後で、実弟は自損したということで、クルマを買い換えている。それ以前に乗っていたのは、シルバーの小ベンツで、その後で、国産に乗り換えているので、物的証拠としては十分すぎる。
「ほな、わしの関係者に仕掛けさせるとしよか? 昨今は、物騒な世の中や。違法ドラッグのひとつでも飲ませたら、それで、どうとでもなるわ。・・・・・くくくくくく・・・・・箱入りのボンボンごときが、うちの子に手を出すやなんて、失礼極まりないさかいな。礼儀は、きっちり教えておいたろう。」
「そっちは頼むわ。わし、後の段取りを佐味田とさせてもらう。ポリに適当に情報は流させて、Nシステムで確認させたらええ。」
まあ、世間には、いろんな商売がある。警察では調べらないことも、そちらを使えば、簡単に判明することもあるし、違法行為であろうとバレなければ、問題はない。沢野も堀内も、過去、そういう商売もしていたから伝手はあるのだ。
会社のエントランスで待っていたら、すぐに水都が、ガバメントバックを持って戻って来た。すでに就業時間は終わっているので、会社は人影も疎らだが、まったくいないわけではない。
「荷物取って来たか? 」
「おう。ほな、新幹線の駅まで行こうか。」
ふたりして玄関に待っていたタクシーに乗り込む。近日中に、水都にヘッドハンティングがかかる。ただし、水都に内情は教えたから、拒絶させるぐらいは朝飯前だ。タクシーに行き先を告げて、動き出すと、二人して別の方向に目を向けていた。
「さっきの話、ほんまなんか? 」
「ほんまや。みっちゃんに、おっちゃんは嘘はつかへん。・・・・もし、強引なことされたら怪我でもしたって訴えたらええわ。」
「わかった。・・・・今更なんやっちゅーんや? 」
「所詮、アホはアホやっちゅーことや。小切手どうする? 書留で送ろうか? 」
「いや、そのうち退職金代わりに貰うから慌てへん。・・・やっと、のんびり仕事が出来る。」
「ご苦労さんやったな。助かったわ。」
会社からタクシーで半時間で、駅に辿り着いた。新幹線ホームに近いところに着けてもらって、切符売り場に歩き出す。駅構内の土産物屋は大したものがないので、ここいらの名産品売り場に立ち寄ろうとしたら、堀内に腕を取られた。
「もう、ええやろ? 」
「いや、土産は用意したから買わんでもええで? 晩飯もあるから、帰ったら花月と、それ食べたらええ。ただなあ、ちょっと時間はかかるから、もうちょっとお茶でもシバかんとあかんのや。」
「はあ? 晩御飯? 駅弁か? 」
「いや、わしの知り合いのとこで用意させてる。半時間くらい待ってくれ。どっか行きたいとこはないか? あらへんねやったら、そこいらの茶店で時間潰しや。」
さすがに一時間は貰わないと、と、相手は言ったので、もう半時間くらいは時間がある。
「半時間か。それ、おっさんのおごりか? 」
「当たり前や。」
「ほな、茶店で待つとしよう。どっか案内して。」
堀内が待ち合わせなんかで使う新幹線ホームに近い喫茶店に誘導して腰を落ち着けた。報告書が届いた段階で、関西支部の東川たちとは打ち合わせをしているので、水都が引っ掛からなければ問題はない。
ぼんやりとアイスコーヒーをちびちびとしていたら、堀内が携帯を持って出て行って、すぐに戻って来た。大きな紙袋を携えている。
「容器は捨てたらええ。ひつまぶしや。夏バテには、よう効くから花月も喜ぶやろ。あとは、とらやのういろうが何本か入ってるはずや。・・・さて、切符買おうか? みっちゃん。」
「ひつまぶし? 」
「わし、以前、おまえが来た時にも食わせたけど? うなぎの茶漬けやな。」
「さよか。ほな、貰ろうていく。おおきに。」
なるべく関西人の口に合うものを用意して食わせていたのだが、水都は何一つ覚えていない。なんせ、堀内は職場の人間で、生活とは関係がないので、そこいらの記憶はあやふやなものらしい。グリーン車の切符を買って、水都に渡す。堀内は、東海行きのグリーン車だ。左右に分かれるので、乗り場が違う。
「気ぃつけてな? 」
「おっさんもな。おおきに。」
ホームに上がる場所で挨拶して別れた。水都のほうには東川らがついているから、今度は轢かれることもない。とりあえず、こちらから出来る限りの証拠集めを指示しておくことにした。
作品名:関西夫夫 クーラー5 作家名:篠義