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関西夫夫 クーラー5

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遠征二週目も、滞りなく終わった。最終日の金曜に、ひょっこりと堀内が戻って来た。専務の部屋の鍵を返す必要があったから、時間調整はしたらしい。
「生きてるか? わしの愛人さんは。」
「・・・・生きてる。これで、仕舞やから、もうちょっと待って。」
 そう言うと、堀内は応接のソファに、どっかりと腰を下ろして、積んであった書類に目を通し始めた。まあ、いろいろと問題点はあるが、以前よりはマシにはなっている。東海は、案外、しっかりした経理の人間がおるらしく、あまり穴は見当たらなかった。そう、これぐらいしてくれれば、俺はスルーできる。多少のことは、どうしたって穴ができるんやから、わからんようにしてくれればええのや。
「新しい東海は予想通りやな。あっちは、親族経営やが、ここほど爛れてないんや。」
「まあ、うまいこと隠してくれたあるって感じやな。福利厚生とか交際費は、ちょっと比率は高いけど。」
「それぐらいはええとしよう。元もとのこっちの東海支店よりは、格段に綺麗や。」
 報告書を確認しながら、そう話してたら、秘書がお茶を運んで来た。暑い季節なので、冷たい麦茶やった。俺のところにも一応、置いてくれる。
「悪いが、うちの子には、アイスコーヒーいれたってんか。みっちゃん、甘いのがええか? 」
「いや、今日はブラックで。」
「それで頼むわ。」
 秘書が、すぐに用意します、と、退出したら、堀内が近寄ってきた。背後から、ディスプレイを眺めて、紫煙を吐き出す。
「あーもー臭いっっ。洋物のタバコは臭いっっ。」
「そうか? ええ匂いやと思うねんけどなあ。おまえのより、ええ匂いやぞ。」
「煙を吹きかけんな。」
「ええやないか。おっちゃんの匂いに安心するやろ? 」
「するか、ボケッッ。・・・・あのな、問題あるのは、データで、あんたのメールアドに送りつけてあるから、そっちで確認してくれるか? もしかしたら、書類消えてるかもしれへん。」
「わかってる。先週は、半分ぐらい中部のが消えてた。・・・データのほうで確認した。どんならんやつらや。」
 傍目には、愛人といちゃついているように見えるが、話してることは睦言ではない。仕事の話だ。堀内は、わざと秘書の目に晒すために水都の肩に顎を乗せている。水都のほうも、それは理解しているから逃げたりはしない。
「はははは・・・体質は、すぐには変えられへんって先週、社長が言い訳しとったで? 俺は知らんって、突っ撥ねた。」
「それでええ。助かったわ。・・・・おまえ、身体は、どないや? 」
「なんとか捻挫も痛みは消えた。打撲の痕が、なかなか消えへん。」
「それはしゃーないやろ。内出血しとるんやから、それが散るまでは時間かかる。」
「それ、医者にも言われた。ほんま、えらい災難や。」
「アホは、びびったか? 」
「びびるより過保護になった。・・・・最初の一週間は送迎してもろた。弁当付きやで? どこまで甘やかすんやろうな? 」
 あははは・・と軽く笑いつつ、水都はキーボードを叩いている。そこへ、秘書が戻って来た。ぎょっと目を見張ったが、黙したままでアイスコーヒーを執務机に置くと下がった。それを見送ると、乱暴に堀内の頭をどかせた。演技の必要性がなくなれば、重いだけや。堀内のほうも、怒鳴るでもなくソファに座り直して資料に目を通す。ざっくりとだが、東海と中部の店舗監査をしてもらったので、しばらくは新しい東海のほうに集中できる。これを本社の幹部連中に報告してやれば、大人しくなるからだ。
「こういう形の勤務形態は、どうや? 」
「しんどい。移動時間が長過ぎるし、俺の旦那が嫌がってるから却下。」
「相変わらずやのお。」
「それから、余計なことばっかり言うんやったら三途の川に沈めるって怒っとった。」
「なんでや? わし、何も言うてへんがな。」
「この間の保険金殺人や。」
 それを聞いて、たはーと堀内は両手で顔を覆う。そんなことは冗談としてスルーしていただきたい。
「あれは違うって言うたがな。それに、わし、謝ったやろ? 」
「保険の受取人を花月に変えてって言うたら叱られた。ほんで、俺に、その知識を授けた人間は誰やとおっしゃった。・・・あんたやと答えたら、三途の川に叩き込まなあかんって怒ってたで。」
「おまえ、わしとバクダン小僧が仲違いしたら楽しいか? 」
「別に、俺には関係ない。まあ、花月は、なるべく、あんたらとは逢いたないとは言うてるで? 」
 事実を事実として会話しただけなので、水都には罪悪感なんてものはない。まあ、そんなこっちゃ、と、堀内もスルーすることにした。バクダン小僧から、抗議がくるなんてのは、これぐらいではないからだ。
「みっちゃん、近々、ヘッドハンティングがあるかもしれへん。なるべく、引っ掛からないっちゅー方向で頼んでええか? 」
「給料が上がるとかやったら乗り気になる。」
「いや、給料が上がるって話やないと思う。地位が副社長とか社長とかを提示はしてくると思うけどな。ただの飼い殺しやと思われる。」
「どこからや? 」
「浪速の法人からやな。・・・もしかしたら子会社からかもしれんが、勝手に決めるな。それはトラップや。」
 堀内の何気ない忠告に、さすがの水都も顔を上げた。そんな情報が出回っているらしい。浪速の法人というのは、生家が経営している会社のことだ。
「浪速? 俺に会社入れてか? 」
「まあ、そんなこと言うやろう。せやけど、実質は、母親が権力握って、こき使われるっちゅー図式や。目に見えたある。」
「どこから沸いた? 」
「ニュースソースは、ひ、み、つ。でも、来週には来るやろう。」
「・・・わかった。」
「直接に、身内が来ることはないはずや。総務課長とか経営部長とか、そんなお人がいらっしゃる。」
「・・・ふーん。ほんなら、撃退したら、お手当てでもくれるんか? 」
「おお、なんぼでも払うで? 白紙の小切手でええか? 」
「白紙か・・・まあ、それ、闇金へ売っ払ったら億単位やな。」
「ドアホッッ。白紙でも売れるようなもんと違う。銀行でしか換金できんようにするわ。」
「なんや、さよか。ええ、小遣い稼ぎやと思たのに。」
「おとろしいことを言うなあ、おまえは。まあ、ええわ。ヘッドハンティングが来たら、追い返せ。東川らにも話は通しとくから。」
「了解。」
 パコパコと打ち込んでいた手が休まって、となりのプリンターが動き出す。データの準備は、これで完了らしい。トントンと書類を纏めて、水都が堀内に手渡す。それが、最後の総括報告書だった。
「問題点は、ピックアップしたる。」
「おおきに。助かったわ。・・・・ほな、しっぽりと温泉で濡れるとしよか? 」
「え? 俺は帰るで? 」
「当たり前や。わしが呼び出して、愛人とイチャコラするって宣言しとるんやから、一緒に出やんとおかしいからや。わしは、そのまま温泉で、おねーちゃんとしっぽり楽しむから、駅まで付き合わんか。」
 なるほど、と、水都は帰る用意をする。荷物を引き取りに、ビジホに行くつもりだったので、ここにはない。
「ビジホ寄ってや? 」
「おう。土産はいるか? 」
「いや、別にいらん。先週、ういろとか買ったけど、花月がもみないって言うてた。」
作品名:関西夫夫 クーラー5 作家名:篠義