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私の読む「枕草子」 278段 積善寺

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警護の侍やら、下仕事の男達が大勢やってきて、花の下にいきなり寄ったとみると木を引き倒して、そっと取って行く。

「まだ暗い内にと殿は仰せられた。明るくなり過ぎたな。困ったことだ。さあ早く早く」
 と、倒して持ち去ったので可笑しかった
「『山守はいはばいはなん高砂の尾の上の桜折りてかささむ』兼澄の歌でも思い出したの」
と、もしそれが教養のある人なら言いたいが。私は、
「その花を盗むのは誰、とっては悪いでしょ」
と言うと、樹を引きずりながら逃げていった。やはり殿のお心は風流でいらっしゃる。放っておいたなら枝も造花が濡れてまつわりつき、どんなに具合悪い恰好になるだろう、と思う。自分は何ともいわず中にはいった。

掃部司(かもんづかさ)、清掃・用度等の雑事を掌る後宮十二司の一である。そこから人が来て、格子をあげる。主殿司の女官が御清掃などすっかりすませてから、中宮は起き出られたが花が無くなっているので、
「まあおどろいたこと。あの花は何処へ行ってしまったの」
 と仰せになった。
「明け方に花盗人が出ました」
誰かが言ったようである、枝が少しとられたと聞いたと言う者もいた。
「誰がしたのか見た者は」
と言われる。私は、
「見たというのでもございません。まだ暗くて良くは見えませんでしたが、白っぽい服装の者がおりましたので、花を折るのかと心配で言ったのでございます」
と申し上げる。
「と言っても、全部こんなに取ってしまったのでしょう。殿が隠されたのですね」
 と笑われたので、
「さあ、まさかそうではございますまい。
やまたさへ いまはつくるを ちるはなの かことはかせに おほせさらなむ(貫之集6)
 春の風の仕業でしょう」
 と申し上げると、
「そう言おうとして隠すのですね。それは盗みではなくて雨で古びたのです」
と中宮は仰せられるのは珍しいことではないが、とても気分がいい。

 関白道隆様がお出でになったので、時間も時間、こんな時に寝乱れた化粧の顔を見せるのはと、奥に入った。
殿は、入って来られるや否や。
「おや、あの花がなくなったぞ。どうしてこう盗ませたのです。実にけしからん女房達だなあ。ぐっすり寝込んで気づかなかったのだな」
と驚かれるので、
「でも殿は私より先に
鳶の鳴く音を聞けば山深み
    我よりさきに春は来にけり(風雅集48)
 御存知と思っておりました」
と私がそっというと、殿はいちはやく聞きつけられて、
「思った通りだ。よもや誰かがその場を見はしまい。宰相の君かあなたかその辺だろうと想像した」
と、意味ありげにお笑いになった。

「そうだったのに少納言は春の風のせいにするのですよ」
と、中宮もお笑いになる。
「冗談を春の風のせいにするのです。今はもう山田も作るそうですのに」
と言われて、鶯の・・・の歌を詠われる声が今風で艶やかであった。
「それにしても見つけられたとは残念な。あれ程注意してやったのに。宮さまの所にはこんな警戒厳重な番人がいるのだからな」
などと仰られる。
「春の風とは、そらでよくも言ったものだ」
と言われてもう一回歌を詠われた。中宮は、
「普通にしてはどうも厄介に気負った言い方でした。今朝の有様はいかがなものだったのかな」
 と、お笑いになった。女房の小松君が、
「でもこの方はそれをいち早く見つけて「露にぬれたる」といったのです。それは花のために不面目だといったのでございます」
と申し上げたので、関白がひどく残念がられたのも面白い。

 二月八、九日の頃に私が里へ帰らせてもらおうとすると、中宮は、
「もうすこし近くなってからね」
と仰せになったが、下がることにした。
 本当にいつもよりものどかな日照りの昼頃、
「花の心は開けませんか(御機嫌いかが)、」
と、白紙文集「長相思」
「九月西風興、月冷露華凝。思君秋夜長。一夜魂九升。二月東風来、草柝花心開。思君春日遅。一日腸九廻」
の詩をもって仰せになったので、私も、その詩を参考にして、
「秋はまだ先のことでございますが、一夜に
九回も上る思いがいたします」
と、お答えした。

  中宮が内裏から二条宮へ出られた夜、乗車の順序も乱れて、皆が我先にと騒いで乗るのが嫌やなので、私は然るべき同僚と続いている騒ぎを見ていたが、賀茂祭のお帰りでも見るように、今にも倒れそうにあわてふためく恰好が大層見苦しいので、それはそうでもとにかく、乗れそうな車がなくて伺えないなら、その内中宮がお聞きつけになって車をお差し廻し下さるかもしれないなど話し合って立っていた。その前を皆が一つにかたまって慌てて出てすっかり乗り終え、出て行こうとすので、
「まだです、もしもし」
というと、中宮職の役人が近づいてきて、
「誰かまだ乗車なさって無い方がいらっしゃいますか」
 と言って、
「これはまあ妙なことですな。もう皆さん乗られたことと思いました。あなた方はどうして乗り遅れなさいました。今度は得選を乗せようとしましたのに」
 と、采女の中から選ぶ三名の御厨子所(供御を調進する所)の女官(得選)を乗せる段取りの所に自分達がまだ残っているのに驚きながら車を寄せてきた、
「では、先にその御予定の方をお乗せ下さい。つぎに」
 と言う声を聞いて、
「以ての外、意地悪くおいでですな」
などというので、乗り込んだ。その次に本当に御厨子がのってきて、火の暗い車の中で
笑いながら話をして二条の宮に到着した。

中宮の御輿はとうに二条宮に到着されて、
調度をととのえたお部屋にいらっしゃった。
「ここへ来るように呼びなさい」
 と中宮が仰せになったので、右京や小左近などの若い女房が車の到着場所で待っていて、降りる人を見ているが、見当たらない。降りる女房達四人づつが中宮の御前に罷り出て侍るが、
「いないではないか、
どうしたのじゃ」
 と、中宮が言ってお
られたとも知らず、全
部下りきってしまって
からやっと二人の女房に見つけ出されて、
「中宮があれ程お召しになるのに、まあどうしてこんなに遅く」
と言いなが引っ張られるようにして御前に出ると、中宮は長年のお住まいのような感じで座しておられる、このような新居に移られて、と興深い。

「どうしてこうもいないかと探すほど見えなかったのです」
と、仰せに成られるので、どうとも申しあげずにいると同車した人が。
「実際無理でございますよ。最後の車に乗っている人が、どうして早く参上できましょう。その車も、御厨子が乗ろうとするのを譲ってもらったのです。真暗で心細うございました」
つらそうにしながら言上すると、
「係の役人が不行届なのです。それにしても、どうしてまあ。勝手の分らない新人は遠慮もしようが。右衛門など言えばいいのに」
と、仰せになった。右衛門は、
「でもどうしてそう出しゃばるわけにまいりましょう」
などと言う。周囲の人は憎らしいと思って中宮のお言葉を聞いているだろう。中宮は、
「順序を乱して高位の人の車に乗ったにしても偉いわけのものでしょうか。規定通りで位の高いのがいいというものでしょう」
と、不快そうに思っておられる。
「私が車を降りるまで、皆さん待ち遠で我慢できなかったからでしょう」
と、自分は申しわけをする。