私の読む「枕草子」 157段ー200段
主上にもお耳にされて、声のいい読経の僧を派遣されたので、病人の介護の者達は几帳を側近くに寄せた。いくらもない狭い場所なので、見舞客が大勢来て経を聞きなどするのもよく見えるために、読経の僧が周りの人を気にして、その方に目をやって経を読んでいる、それこそ仏罰を蒙るだろうと思われることだ。
【一九一】
女好きで独り身の男が、昨夜はどこに泊ったのか、明け方帰宅してそのまま起きている。
眠そうな様子だけれど、硯をとりよせて墨を濃くすって、通り一ペんに筆にまかせて、・・・・・というのではなく、心をこめて書く、そうしたうちとけ姿もなかなかよい。
白い下着の上に山吹襲(表薄朽葉、裏黄)
の直衣や紅の袙(あこめ)などを着ている。
白い単の袖が朝露にぬれて大層縮んだのを見守りながら書き終えて、側に仕える者に渡さずに、わざわざ立ち上がって舎人童を呼ぶ。
こんな使にもってこいの随身である。近く呼びよせて、小声で言いつけて書いた文を渡し、立ち去って行く童をしばらく見ていて、部屋に戻り、経文などの適当な所々をひそやかに口にまかせて読んでいる。家の者が奥の間に、粥、手水などを用意して呼ぶと、歩んでいって机に寄りかかって書などを見る。ここが大切なところと言うのは声高らかに吟誦したのも大層よい。
手を洗って指貫をはかない直衣だけをちょつと着た姿で、法華経第六巻を経文を見ないで念誦する、真実尊い感じがするうちに、近いところの使いだったのか先ほどの使いに出した者が戻ってきて合図をするので、急に読経を中止して、返事に心を移す、それこそ仏の罰が当るだろうと実におもしろい。
【一九二】
大変に暑い日中に、暑さの中で一体どうしたらよかろうか、扇の風も生温いし、氷水の中に手を浸して騒いでいるときに、真赤な薄様(薄くすいた紙)に書いた何枚もの手紙を唐撫子の開ききったのに結びつけてあるのを受けとったその時こそは、この暑さをものともしないでこれを書いた相手の厚意の程が、尋常ではないと思いやられて、一方で絶えず使っていてさえ不満に思われる扇も、思わずそこに置いてしまったことだ。
【一九三】
南か、さもなければ東の廂の間の板敷が、
物影の映るほど光っでいる所に、際立ってきれいな畳をちょつと置いて、三尺の几帳の帷子(かたびら)がいかにも涼しげに見えるのを押しやると、つうと滑って思ったより先の方に立った、そこに、白い生絹(すずし)の単衣、紅の袴、夜具としては濃い紅の衣のまだそう柔らかくならないのを。女あるじはすこし掛けて臥した。
軒の釣灯寵に火がともしてある、それから
二柱間程さがって、簾を高く上げて二人の女房が、女童らは、廂と簀子との間の一段高い部分長押に寄りかかり、また、おろしたままの簾に寄って臥している者もある。香籠に火を深く埋めて心細い感じにほんのり匂わしたのも、大層のんびりとして奥ゆかしい。
夜も更けた頃にそっと門を叩く音がする。
いつものように事情を弁えている女房が出て来て、大げさにその男を隠し、人目につかぬようにして中に入れた、それこそ、そうした方面の処置としておもしろいものだ。
傍らによい音のする風雅らしい琵琶が置いてあるのを、女房達が四方山話の間々に、音を立てるというのでもなく、爪の先でちょつとかき鳴らしたのはよいものだ。
【一九四】
大路近くで、車に乗った人が有明の月が綺麗に輝いている時分に車の簾をあげて
「佳人盡(ことごと)く晨粧(しんそう)を飾る 魏宮(ぎきゅう)に鐘(しょう)動く
遊子(ゆうし)なほ残月に行く 函谷(かんこく)に鶏(にわとり)鳴く」
と良い声で誦って行くのも好いものである。
馬に乗った人もそのように誦して行くのも
味があって好い。
そうした所で聞くのに、泥を防ぐために馬の両協に垂れる泥障(あふり)の音が混じるのは一体どんな人だろうかと、やりかけの用事もやめて覗いてみると、つまらぬ人を目にしたのは大層くやしい。
佳人蓋飾於晨粧
魏宮鐘動
遊子猶行於残月
函谷鶏鳴
(和漢朗詠集416)
日本古典文学大系の頭注から。
「暁賦 賈島」作者は「賈嵩」であろう
一 斉書、斐后伝に、宮中は奥深くて朝の鼓声が聞えないから、鐘を景陽楼上に置き、宮人は鐘声を聞いて早く起きて化粧をしたとある。ここではこれを離宮の事として用いた。
二 史記、孟嘗君列伝に、孟嘗君が秦を脱出して夜半に函谷関に来たとき、関では鶏が鳴
いてから人を通すことになっていて当惑したところ、孟嘗君の食客に鶏の鳴きまねをするものがあって、遂に無事に通過することができたとある。
離宮に暁の鐘がなると、宮女はみなおきて朝の化粧をする。函谷関に鶏の声が夜明けを告げたあとも、旅人孟嘗君はやはり残月の光
に歩きつづける。
【一九五】
急に幻滅を感ずるものは。
男でも女でも言葉づかいのいやしいのは、
何事にもまして嫌なことだ。ただ用語一つで、妙に上品にも下品にもなるのは、一体どういうわけだろう。
といっても、こう思う私自身が格別人にす
ぐれているのでもあるまいよ。何を基準にしてよいとか悪いとか判断するというのか、それは分りはしないのだ。しかし、人はともかく、ただ自分の気持一つでそう思うのだ。
いやしい言葉でも悪い言葉でも、そうと知
りながら殊更に言ったのは、悪くもない。自分がこじつけたことを、憚りもなく言ったのはあきれたやり方だ。
また、そんなはずはなさそうな老人や男性などが、ことさら気どって卑下したのはいやだ。
よくない言葉もいやしい言葉も、年かさの
人は平気で言ったのを、若い人はひどくきまり悪いことに思ってじっと聞いている、それは当然なことだ。
どんなことを言っても、
「そのことは、そうしようと思う」
「言おうと思う」
「これこれはしようと思う」
と言う言葉の「と」の字を無くして、ただ、
「いはむずる(いはんとする)」
「里へいでんずる」
なんって言うと、言葉としては悪い。まして文に書くようなことは絶対してはならない。
物語などは悪く書いてしまうと、何のとり
えもなく、作者まで軽蔑されてしまう。
車に同車して、を
「ひてつ車に」
と訛って言う人もある。
「もとむ」を「みとむ」
などは誰でもいうようだ。
【一九六】
宮仕をする女性の所にやって来たりする男
がそこで食事をするのは甚だよくない。食べさせる者も嫌な奴である。
自分に思いをかけている女が「でもまあ」など真心こめて勧めるのを、忌み嫌っているように口をふさぎ顔を背けるべきことでもないから、男は食べているのだろう。
男がひどく酔って、とんでもなく夜が更け
てここに泊まったとしても、ぜったい湯漬一ぱいさえ食わせない。思いやりもないことをされた、とその後来なくなるなら、それでかまうことはない。
里に下がっている折などで、召使が台所から気を利かせて男に出した場合はどうしようもない。それにしてもやはり厭なことに変りはない。
【一九七】
風というのは嵐である。
三月に入っての夕暮れに降る、緩い風をともなった雨風。
【一九八】
作品名:私の読む「枕草子」 157段ー200段 作家名:陽高慈雨