私の読む「枕草子」 86段ー92段
さて雪山は、白山の観音を祈願したことから、ほんものの越路の山の雪かと見えて消えそうにもない。白い雪山は黒くなって見る甲斐が無くなってはいるが私の予想通り勝った気がして何とかして十五日まで持たせたいと祈念する。そうではあるが、
「七日だって越せないでしょう」
と女房達がまた言うので、どうかして最後まで見届けたい、とみんなが思っていると、中宮は正月三日急に内裏に参内される事になった。実に残念、この山の最後を見届けずに終るなんてと心底から思う。
他の人も「ほんとうに見たかったのに」など言い、中宮もそう仰せられるにつても、同じ事なら私の予想したとおりに雪山が残ったことをご覧遊ばせられればと言う思いが募るが、甲斐のないこと、お道具類を運び出すのでひどく騒がしいのに紛れて、庭木の手入などする木守が築地に廂を造って居るのに、簀の子縁に近くまで呼び寄せて、
「この雪山しっかり監視して童などに踏み荒らされないようにこわさせずに十分見張って十五日まで残しておくれ、その日まで雪山があれば、すばらしい御褒美を下さるはずです。
わたし個人としても十分なお礼をしますよ」
などと懇ろに言い聞かせて、常に臺番所の人、下男などに与える物以外に、果物や他に色々と与えたのでこの者達は笑顔で、
「お安いことです。しっかりとお守りいたします。子供達がのぼりましょうな」
というので、
「それを防いで、もし聞かない者があったら申し出なさい」
などと言い聞かせて、中宮が宮中に入られたので七日まで伺候して、その後自分は退出した。
宮中に伺候している間も、雪の山が気がかりなので、宮仕の女官、すまし、や長女などを頼んで、絶えず注意しに行かせる。
(「すまし」は樋清(ひすまし)の約で便器の掃除などに仕える下級の女官。長女は下級女官の長たる老女)
その礼に、正月七日にめしあがる供御(くご)のおさがりなどを与えると拝んで受け取る。
里にいても夜が明けるやいなや、雪山検分を重大事として、人を見せにやる。十日頃に
使いが帰って、
「まだ五日はあります」
と言うので、嬉しかった。それでも、心配で昼も夜も検分に人をやると、十四日の夜に大層雨が降ってこの雨で一度に消えてしまうのかと残念で、もうあと一二日のところを待ちきれずに夜通し愚痴を言って嘆けば、聞いている人は気が狂ったのかと笑う。
誰かが起き出てゆくので、自分もそのまま起きて召使を起こさせるが、一向に起きないので、本当に腹が立って起き出したのを横目で見て居ると、
「わら円座を置いて参りました。こもり、がしっかりと番をしていて、悪戯童を寄せ付けません『明日、明後日までも雪山はきっとあるに違い有りません、ご褒美を戴きたい』と申しています」
というので本当に嬉しくて、早く明日になるとよい、そうしたら和歌を詠んで、残った雪をいれ物に盛って、中宮にさし上げよう、大層待ち遠で、やりきれぬ思いだ。
暗いうちに起床して、侍女に折り櫃などを持たせて、
「これに雪の白いところを入れてくること、汚いところは捨ててしまえ」
などと言いつけて件の雪山の処へ使わしたところ、すぐに持たせた物を持って帰ってきて、
「すでに無くなっていました」
と言う、私は全く呆然として、興味のある歌を詠み出して、世間の語りぐさともさせたいと、苦吟した歌も、何と全く甲斐が無くなってしまった。
「でもどうしてそんなことがあるのでしょう。昨日まであれ程あったというのに、たった一晩の間に消えてしまったなんて」
と愚痴を言うと、
「こもり、がいうのは『昨日大変暗くなるまで雪山はありました。ご褒美戴けるものと思っています』と言って手を叩いて喜んでいたものを」
と、使いに出た者はおろおろしながら言う。
内裏から仰せごとがあって、次いで、
「雪は今日まで有りましたか」
お言葉があり、大層しゃくで残念なので、
「『年内、正月一日まではないであろう』 皆さんは申し上げられましたのに、昨日の夕暮れまでは雪山は有りましたのは、我ながら実にたいしたことだと存じます。夜中に誰か私を憎んで棄ててしまったものと推察いたしております。と中宮に奏してください」
と、側近の女房に文を送った。
そうして、二十日に参内してからも使いを通じてお答えしたことを再び中宮の御前においても言う。
「世間で言います、 身は投げましたといって蓋だけを持って来た法師のように」
雪山の雪を取りに向けた小者が出かけるやいなや空のいれ物をぶらさげて帰って来た時のなさけなさ。物の蓋に小山を造って、雪に因んで白い紙を、歌などを大層に書き込んで中宮に献上しようとしたことなどを言上すると、大いに笑われる。御前に並ぶ人たちも笑って
「そんなに執心して思いつめたことを、くい違わせたのだから仏罰をうけるかもしれない」
ね。あなたの想像通り十四日の夜に侍どもを向かわせて雪山を取り壊させて、雪は棄ててしまった。あなたの返事にそのことを言い当てられて可笑しかった。お前の女、こもり、
が取り壊し中に出てきて手をすって懇願したが『お上の言いつけで、清少納言の自宅から来た者には言うではないぞ。 もしいいつけたら、小屋をぶちこわすぞ』などと言って職の御曹司の東南方の築土(ついじ)などにみんな棄ててしまった。
「『雪は大変に堅く、沢山ありました』
と、侍達はいったそうだから、あなたの推量通り、廿日までも残ったかもしれません」
さらにもしかしたら今年の初雪も、その上に降りつもったかもしれない。などとも言うのを帝(一条天皇)もお聞きになって、
「実に遠い先まで考えて争ったものだな」
と、殿上人達に仰せられた。みんなが、
「その作った歌を紹介しなさい、こうして真相が判明した以上はあなたが勝ったも同然でしょう」
など。中宮も同調されて言われるし、女房達も言うのであるが、
「まあこれ程辛いことを伺いながら、何として歌など申しあげましょう」
などと、本当に真底からしょげて辛がると、
主上もそこにおいでになって、
「今までは真実宮が大事にしておられる人だなと思ったのに、今度ばかりは妙だと思ったよ」
と、仰せになるので、大変暗い気持ちになり、辛く、今にも泣き出しそうな気持がする。
「何とまあ、実にわびしいことでございます。後から降り積もった雪を、嬉しいことと思ったのに『それはいけないよ、かき棄てなさい』
とのお言葉がございましたっけ」
と、主上は、
「中宮は、お前を勝たせまいと思われたのだろうな」
と言って笑われた。
【八八】
素晴らしいもの。立派なもの。
支那より舶来した錦・唐錦。蒔絵や金銀で装飾を施した飾り太刀。仏像に施してある彩色の木絵。色合いが深く、花房が長く咲いた藤の花が松にかかっている。
六位の蔵人。立派な家柄の君達でも御着用になれぬ綾織物を思いのままに着る事が出来る。綾は五位以上の朝服に限り許されるが、蔵入だけは六位でも許されたから。その、麹塵(きくじん)の抱をつけた姿などは目出度い者である。
作品名:私の読む「枕草子」 86段ー92段 作家名:陽高慈雨