私の読む「枕草子」 25段ー30段
。寺に長くおこもりする時。途中で気が緩むものである。
【二七】
ひとからばかにされるもの。築地塀が崩れて仕舞っていること。お人よしだと世間に定評のある人。
【二八】
不快なもの、いやなもの、しゃくにさわるもの。急ぐことが有る時に長話をする客。いい加減に扱ってもよい人ならば「あとでまた」と言って帰すことも出来ようが。さすがに、
こちらが気恥かしく感ずるような人、すなわち遠慮のいる人の場合は、「後に」と扱うわけにもいかないので、髪の毛が誤って落ちた硯に墨を摺るように、きしきしと心の中がきしみ鳴るようである。
俄に病に倒れる、修験者を探すが何時もの所には居ないので、彼方此方探し回る、待ち遠しく待っているとやっと見つけて、感謝しいしい加持をさせる。と、この験者、近頃方々の物の怪調伏に関係して疲れきっているのか、坐るや早々眠り声を出す。憎い奴。
とりたてていうほどのこともない人が、妙に笑顔ばかりしてしゃべっている。火桶にかざす掌を表にしたり裏にしたり伸ばしたりしやがって、いつ若々しい人がそんなことをしたろうか。老人だけが火桶の端に足さえ上げて擦りもって物を言っている。さような者は人の所に来て居座ろうとする時に、先ず扇で彼方此方を仰ぎはたいて塵を払い、いずまいもきちんとせずふらふらとして狩衣の前の帯から下に垂れた所は向うへはねておくのが作法であるのに。こうした不作法なことはとるに足りぬ身分の者がするのかと思うけれど、
すこしは人並の式部大夫という者がしていることである。(式部省の三等官である式部丞は六位相当であるが、五位に叙して留任するときこれを式部大夫という)
また、酒の席で人に杯を差し出して喚きもって、髭のある者は髭を撫でながら杯を人にさす姿は憎らしい無様に見える。「呑め」と言う、身を震わせ頭を振り、口をへの字に曲げて童歌の「国府殿」を歌えと強制する。それはなんと、実際に高い身分の人がなさったのを見たので、気にくわないと思うのだ
人を羨ましく思い、自分の身の上を嘆き、
露ばかりの事を嘆き、聞きたいことを告げないと恨み、誹り、そうしてほんの少し聞いたことを自分はもともと知っていたと他の人にも図にのって吹聴する。憎い奴である。
童歌の「国府殿」
三巻本に「こう殿」、能因本に「こほとの」とあり、その他「この殿」とする本もある。もし「かう殿」とすれば守殿の意となるが、おそらく「こふ殿」が正しく、国府殿の意であろう。「うたふ」を一説に訴うの意とするが、これも謡うの意と解すべきで、古来童謡の詞章かとされているのは首肯してよい。
(日本古典文学大系本文頭注)
薬玉(くすだま)(続命縷(しょくめいる))
現在では残っていない端午の節供の習慣に「薬玉」がある。「薬玉」は「続命縷」ともいわれ、中国から邪気を払い寿命を延べる縁起物として伝わってきたものである。この日、薬玉を互いに贈りあい、ひじにかけたり、御帳台(みちょうだい)や母屋(もや)の柱に付けたりすることが行われたようで『源氏物語』の「蛍」の巻にもそのことが書かれている。なお、柱に付けた薬玉は九月九日の「重陽(ちょうよう)の節供(せっく)」までそのままにされ、その日に茱萸袋(ぐみぶくろ)や菊瓶に取り替えられた。
http://www.iz2.or.jp/rokushiki/5.html
(風俗博物館)
何事かと思うほどに泣き叫ぶ稚児。
烏が集まって飛び交い騒がしく鳴くこと。
こっそりとやってきた人に吠える犬。
隠れるようなところではないところに隠れた人の鼾。
また、忍んでくるところに烏帽子をして、人に見つけられないようにと迷いながら入ると物に突き当たって「そよろ(ガサッ)」と鳴る音。
篠(伊予国浮穴郡露峰の山中に産する)の茎で編んだ粗末な簾は、簾をくぐり入る度に、
さらさらと音を立てるのが憎い。帽額簾(もこうのす)帽額はマウカクの音便で人の額にあたるもの、額かくしの意があるから、巻き上げた簾(すだれ) をかけて吊っておく鉤(かぎ)「こはじ」 に懸けられて互いに当る音は際だっている。それも、そっと引き上げて入ると鳴らない。
引き戸を荒らく開けるのは大変に問題である。少し持ち上げるようにして開ければ音はしない。手荒く開ければ障子(襖)でも、ごとごと(ごほめく)と「ほとほと」と音を立てるのは当たり前のことである。
眠たいと横になったら蚊のかすかな音が切なそうに鳴いて顔の周りに飛び廻るその羽風さえ蚊の身に相当であるのが大変憎たらしい。
ぎしぎしきしめく車に乗り歩く者、耳が不自由で聞こえないのかと大変憎たらしい。
自分が車に乗車させて貰っていたら、その車の持ち主まで憎い。
また、皆集まって四方山話をしていると、一人、先走りする者、先走る者は童でも大人でも本当に憎い。
來邸した童や子供をこれ見よがしに目をかけ可愛がって立派な物を渡したりなどすると馴れ馴れしく常時来訪して坐り込んで手廻りの道具を散らかしてしまう、大変憎い。
家でも、勤務先の宮中でもあのようで有りたいと思う人が来たときに、眠ったふりをしていると、我が家の侍女が私を起こしに来てこの寝ざまというような顔をして引き揺すって起こす、しゃくにさわる。
新参者が古参の人をさしおいて、物知り顔で人に教え世話を焼く、憎たらしい。
自分の大事な夫である人が、以前に関係した女のことを誉めて口にしたりするのもーーずっと前のことではあるがーーやはり不快だ。まして、目前のなまなましい事実であったなら、その不快さはどんなか、思いやられることだ。場合によってはかえってそうでもないこともあるものだ。
くさめをしてまじないの文句を唱える。大体それは一家の男主人で、いかにも得意そうに呪文を唱える、その態度は「いとにくし」。
蚤も大変憎らしい、衣の下で踊り歩いて持ち上げるようにする。
犬が声を合せて長々と吠えたてるのは、不吉な感じさえしていやだ。
戸開け出てその戸を締めない人、大変腹が立つ。
【二九】
胸がときめくこと。
何かを予想し期待するとき心が自然に動く状態。
雀の雛を飼育すること。
幼児を遊ばしている所を通り過ぎる時に心ときめきするのは、その天真爛漫さに心が奪われるからである。
上等の香料を薫じて一人寝る。
見栄えが良く
高価な舶来の鏡がすこしかげりをもっているのを見た感じ。
良い男の車を止めて従者に取次を乞わせ何か尋ねさせている。胸がときめく。
顔を洗って化粧をして香ばしく薫りがしっかり滲みる衣を着た時。
人を待っている夜に、雨の降る音、風が吹いてそこらを揺るがす音、ふと驚き胸がときめく。
【三〇】
過ぎてしまった恋しいもの。
枯れた二葉葵。四月の賀茂祭に社前はじめ衣服・車・桟敷、家々の簾・柱などにつけた。
人形ごっこのお道具。幼時が思い出される 紅(くれのあい)と藍(からのあい)とで染めた間色で濃い紫。葡萄の実の色による名、浅い紫色の布きれが草子の中に挟まれてあるのを見つけた時、
また、うけとった折、感に堪えなかった人の手紙を雨が降ったりして退屈な日に探し出した。過ぎ去ってしまった恋しいもの。
作品名:私の読む「枕草子」 25段ー30段 作家名:陽高慈雨