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みやこたまち
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陰花寺異聞(同人坩堝撫子1)

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 脇腹を踏みにじられて、さらに数段転げ落ち、勢いで側頭部を痛打した。痛みが笑いを加速する。
「イテェーヒィーヒィーイテェーッツンデーヒィーヒィー」
 ジャッキーチェン曰く、笑いは痛みを鈍らせる。さらに竹中直人ネタ、笑いながら怒る人。さらに女ったらし曰く、怒りには笑いで対処すべし。そんな雑多な情報の、あまりの役立たなさが、笑いを加速する。
「クダラネーヒィーヒィークダラナスギルーヒィーヒィーヒィー」
 蹴られ、踏まれ、僕はじゃんじゃん落ちていく。もう彼女の姿は見えない。ただ地獄の底が近づいていてくるのが分かる。
 ―パーソナルメルドダウンって、かっこよくない?
 という自分の声が聞こえてきた。かつて、同人誌を作っていた時にそんな事を言ったことがあった。人格融解。これは『解体屋外伝』からの剽窃で、僕は当時から剽窃なんてちっとも構わないと思っていた。おもしろければいい。知らない人にとってはかっこいい言葉だし、知っている人には、優越的共犯意識を与えられる、と思っていた。自分の言葉なんて無い。そう開き直ってきたつもりだった。だが、今、蹴り落とされる度に、僕は見切りをつけていたはずの「自分」というもののタガが緩んでがたがたになっていくのを感じていた。そのための恐怖は笑いで誤魔化されてしまっていて、もはや崩壊を止める術は無いのだ。ふと、先程の赤土の軌跡を思い出す。あの故郷の土が消失したあたりまで、あと少しなのだなと気づく。あれが予言だったのかもしれない。だとしたら、これは案外、物語に出来るかもしれない。そう気づいた時、僕は、僕の笑いを取り戻していた。
『同人緋牡丹灯籠 最終号 陰花寺異聞(仮題) 作 小宮知行』
「いける。いけるよ。これで有終の美が飾れるってもんだ」
 彼女の足が止まった。だがそんな事はどうでもよかった。今、僕は腹のそこから笑っていたのだ。そして自分からゴロゴロと石段を転げ落ちていた。
「ちょっと。どういうことよ。ちょっとちょっと」
 彼女が僕をおいかけてきた。だが転がる僕のほうが速い。彼女は慌てすぎ、濡れた苔に足を取られた。二人はもんどりうって石段を転がり落ちていった。途中から上手い具合に僕たちは抱き合う形になって、微笑みとともにこんな会話を交わしたりもした。
「ちょっと出来すぎって感じもするけどね」
「こんなこともあるよ」
 石段が尽きた所で、僕たちは並んで空を見上げた。ここが地獄であっても構わない、と思った。同道二人ならどこへだって行ける、そう思った。僕はゆっくりと体をおこした。彼女の瞳に凄まじい速さで動いていく叢雲が映っていた。その視界の端を黒こうもり傘がそそくさと走り去っていくのが見えた。
「あれ、誰?」
と僕は尋ねた。
「私のストーカー」
と彼女が答えた。
 やがて、彼女もヨイショっと起き上がり、意外と震えているお互いの体をしっかりと抱きしめ合った。今度のはごく普通の抱擁だった。天候は急速に回復していた。それから僕たちは笑いながら再び石段を登った。二人の四つの膝も笑っていた。みんな笑っていた。