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みやこたまち
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陰花寺異聞(同人坩堝撫子1)

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 山門の前に到達すると、そこに一つ、笑っていない顔が増えていた。瞬時に彼女は踵を返した。だが手をつないでいた僕の、踏み出していた足と、腰の角度と、手の動きとはバラバラで、結果的に彼女を引きずり倒す羽目になってしまった。彼女は一緒に逃げようとしてくれたのに、僕は応えることが出来なかった。僕の手の先で、彼女は石段の上に両足を投げ出してぶらぶらと仰向けに揺れていた。
「たいへんなことですな。手当てをしてあげますから、よっておいきなさい」
 小さな丸い紫の頭巾はそう言った。
「はあ」
 と僕が曖昧にうなずくと、彼女が思い切り僕の手を引っ張った。見ると、怖い顔で僕を睨んでいる。
「でも、大丈夫ですから。これから宿へ帰って、それでゆっくりと温泉にでもつかってですね、それで…」
 小さな丸い紫の頭巾は、ゆっくりと首を振った。
「まあ、そういわずに、荒れ寺で何もないが、お茶ぐらいは出しましょう」
 静かな声だった。腰が直角近くまで曲がっているので、よくは見えないが、どうやら尼僧のようだった。
「お構いなく。こんな恰好ではお寺を汚してしまいますから」
 僕はなおも遠慮しながら、これだけ腰が曲がっていたら、山田風太郎の忍法に出ていたブーメラン男みたいな事も出来るだろう、と思い、笑みがこみ上げてきた。そこへ、体勢を建て直した彼女の、レバーブローがめりこんだ。的確な角度で、僕はしゃべることができなくなった。
「私たちは帰ります。それじゃ、さよなら」
 僕は脂汗を垂らして体をくのじに折り曲げたまま、彼女に引かれて階段を下りた。一足一足が腹に響いた。これじゃ僕がブーメラン男だ、と思った。尼僧はそれ以上引き止めもせず、静かに山門の中へ引っ込んだようだった。
「何か、訳ありなの? あの尼さんと」
 おそるおそる尋ねてみると、彼女は意外にも怒っている様子ではなかった。
「今夜、ゆっくり聞かせるから。とりあえず温泉に入って一休みしたい」
 僕はいろいろ気にかかる事があったが、大筋で異存などあるはずもなく、そのまま黙って彼女に付いていくことにしたのだ。 (般若湯村雨 同人坩堝撫子2 に続く)