質草女房
「おお、多助!」
長吉は多助を思いきり抱き締めました。
「これからは、お父ちゃんも一緒だよね?」
「ああ、一緒だとも。一緒だともよ」
長吉の目が潤んでいました。多助の後からついてきたおかねも袖で涙を拭いています。
「これを多助に渡しておやり」
そう言って、利兵衛が長吉に渡したのは、いつか長吉が多助のために買ってきた独楽でした。
「さてと、おかねさんにはお給金を払わなきゃね」
利兵衛が財布を探ります。
「えっ? だってあたしはうちの人の分の……」
おかねが目を真ん丸にしています。細く、切れ長の目が、まるで飴玉のように見開かれました。
「だって、長吉からはたった今お金を返してもらったじゃないか。ちゃんとおかねさんにはお給金を払いますよ」
そう言うと、利兵衛はおかねの前に三両の小判を置きました。
「さ、三両……!」
これにはおかねも長吉もびっくりしまして、口をポカーンと開けています。
「これじゃあ、かえって……」
そう言いかけたおかねを利兵衛が止めました。
「まぁ、いいから取っておきなさい。おかねさんはそれだけの仕事をしたんだから……」
利兵衛はそう言いながら、三両の小判をおかねの懐にしまいました。
「何から何まで済みません……」
おかねと長吉が揃って頭を下げました。
「いいよ、いいよ。それより、もう暗いから気を付けて帰るんだよ」
おかねと長吉は、もう一度「ありがとうございました」と利兵衛に頭を下げ、多助の手を引いて、亀屋から出ていきました。
「ふふふ、ばあさん、今日はこれで店じまいだ。熱いの一本つけてくれ」
利兵衛の嬉しそうな声が亀屋の店先に響きました。
(了)