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漢字一文字の旅  紫式部市民文化特別賞受賞作品

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14―4 【文】

 【文】という字、少し恐ろしい。
 昔、死者の復活を願い、魔除けに胸に文身(入れ墨)を入れた。それが正面を向かって立つ姿だとか。

 そんな【文】、熟語はなんと言っても『恋文』だろう。
 古い日本語では『懸想文』(けそうぶみ)と言う。なにか思わず「懸賞文」(けんしょうぶん)と読んでしまいそうだが……。

 京都に須賀神社と言う小さな神社がある。節分になると、覆面をした二人の男が現れ、懸想文を売るそうな。
 怪しげなオジサンが恋文を道端で売るのだから、これはまことに奇妙奇天烈。
 買えば良縁に恵まれるとか、商売繁盛に利くとか。なぜ商売繁盛なのか、これはもう変ちくりんの極みかも。

 さてさて、時は平安時代。小野小町は女流歌人だった。
 一説によれば、秋田県湯沢市小野生まれ。六花の秋田美人だ。
 そして、現代でもよくある話しだが、昔々、一人の郡司がその地に単身赴任をしていた。
 雪深く心寂しかったのか、村の娘と恋に落ちた。そして小町が生まれた。
 やがて郡司の任期は明け、男は都へと戻って行った。それを母は悲しみ、男を追って、雪山越えで遭難。

 その後、小町は残されたお守りを頼りに、都へとのぼる。そして更衣(こうい)として仕え――歌人デビュー。
 そこで、やっぱり気になるのが、歌人・小野小町の力量のほど。
 紀貫之は「古今和歌集仮名序」で、次のように小野小町を評している。

(原文)
  小野小町は いにしへの衣通姫(そとおりひめ)の流なり
  あはれなるやうにて 強からず
  いはば よき女の 悩めるところあるに似たり
  強からぬは 女の歌なればなるべし
(訳)
  小野小町は古の衣通姫の流れ
  しみじみとした趣があるようで、強くない
  いわば、いい女の悩めるところに似ている
  強くないのは、女の歌だからだ

「ほっほー、そうなんだ」と思いつつ、『花の色は 移りにけりな いたづらに 我が身世にふる ながめせし間に』の他にいろいろ詠ったようだ。
 その一つが――『いとせめて 恋しき時は むばたまの 夜の衣を かへしてぞ着る』
 恋しい時は、夢の中で逢えるように、夜の衣を裏返しに着て寝るのよ。

 えっ、裏返し?
 臭くなったから?

 当時、夜の衣を裏返すと、愛しき人が夢に現れると言われてたようだ。
 それにしても、うーん、なるほどね。まさに紀貫之が言う「あはれなるやうにて 強からず」だ。

 だが、そんな小野小町は、生涯一千通の熱い『恋文』をもらったとか。
 そして、すべて燃やしてしまった。

 炎に変えてしまったその現場、それは京都山科区の随心院(ずいしんいん)。そこに今も文塚がある。
 紀貫之が評した通り、「よき女の悩めるところある」女への、「よき男たちが悩めるところ」の『恋文』が、そこで灰となった。

 【文】という漢字、そこにはいつも男と女の情念が燃え盛っているのだ。