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漢字一文字の旅  紫式部市民文化特別賞受賞作品

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9―5 【鳴】

 【鳴】、「口」と「鳥」が組み合わされた漢字。「口」は祝詞を入れる器で、「鳥」の鳴き声で祈ることとか。

 そんな【鳴】、この世では多種多様なものが鳴く。
 鶯は、梅に鶯ホーホケキョと鳴き、雉も鳴かずば打たれまいと注意されても、それでもケーンケーンと甲高く鳴く。そして大山鳴動して鼠一匹と、山まで鳴く。

 しかし、清少納言はもっとスゴイ!
 枕草子の中で、蓑虫(みのむし)まで鳴かせてしまったのだ。
 いわく、
  蓑虫の親は、子に可笑しな着物を着せて、
  秋風が吹く頃に迎えに来てやると言って、どこかへ逃げてしまった。
  それで蓑虫は、仲秋の頃になると、「ちちよ、ちちよ」と鳴く。
  それが哀れで、心が動かされる。

 こんなことを、平安時代のブログで仰っられたのだ。
 それから一千年の春秋を経てしまったが、これがまた律儀に、高浜虚子は俳句でコメントを返す。
 ―― 蓑虫の 父よと鳴きて 母もなし ――と。

 そして、それだけで止せば良いのに、また調子に乗って、高浜虚子はついでにと、「亀鳴くや 皆愚なる村のもの」と、亀まで鳴かせてしまったのだ。

 そんなん鳴くかー! と叫びたくなるが、俳句の世界では、他に鳴くものは一杯ある。
 驚くことに、季語にまでなってしまっている。

  田螺(たにし)鳴く      (春)
    たにしって、たんぼにいてるたにしが、どう鳴くねん?

  蝸牛(かたつむり)鳴く      (夏)
    梅雨時、紫陽花にかたつむり、ツノ出して鳴くんかい?

  蚯蚓(みみず)鳴く      (秋)
    みみずって、土から出て来て……、みみずの遠吠えかい?

 こうなれば、もう何でもありだ。
 ならば……、ならばだ。鮎風の「鮎」。
 「鮎鳴く」も夏の季語として、充分あり得る話しだ。
 で、一句できあがり!

  鮎【鳴】くや 皆塩焼きに 夏の涼

 で、鳴き声は?
 シオシオ……シオシオ
 これ、どうでっしゃろか?