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漢字一文字の旅  紫式部市民文化特別賞受賞作品

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38―2 【紫】

 【紫】、この字の「糸」の上部は、人が並ぶ様であり、要はちぐはぐを意味する。
 そのためか、バラバラの赤と青を混ぜ、染めた糸の色。それが【紫】だとか。

 そして万葉の時代から【紫】染めの原料は紫草(ムラサキ)の根だった。その根はまた解熱、解毒の漢方薬として重宝された。
 少しややこしいが、その植物は多年草で、初夏から夏にかけて、白い花を「群がって咲かせる」、だから『ムラサキ』と呼ばれるようになったとか。
 しかし今の時代、自生地はほぼ壊滅し、幻の紫草は絶滅危惧種となっている。

 そんな【紫】の薬草刈りに額田王(ぬかたのおおきみ)は出掛けた。そして、そこで前の夫を見掛け、一句詠った。
 その歌こそが、現代においての万葉集一番人気。
 「茜指す 紫野行き 標野(しめの)行き 野守は見ずや 君が袖振る」

 元の歌は──
 「茜草指 武良前野逝 標野行 野守者不見哉 君之袖布流」

 この「武良前」(むらさき)だ。

そして、その意味は……そんなに袖を振らないで、今の夫の野守(前夫の兄:天智天皇)が見てるから、と。
 それを受けて、元夫の大海人皇子(おおあまのみこ)は返歌する。
 「紫の 匂へる妹(いも)を 憎くあらば 人妻ゆゑに 我恋ひめやも」
 あなたはもう人妻になってしまったが、今も恋してますよ、と。

 【紫】という字、それは万葉のロマンスなのかも知れない。

 しかし、これがドイツとなるとそうでもない。
 【紫】根は「ボラギナーチェ」。それに油脂の「オール」を合わせ、「ボラギノール」となる。

 『ボラギノール』、確かに聞いたことがある。
 そう、痔の薬。

 所変われば、まったく――違った話しとなってしまうのだ。

 一方古代ローマでは、アッキガイ科の巻貝の分泌物・プルプラで作られた染料で【紫】に染めた。
 いわゆる貝紫(かいむらさき)、英語ではロイヤルパープルと呼ばれている。
 まさに王家の【紫】であり、王家に生まれたことを……「 born in the purple 」という。

 この貝紫、年数を重ねるほどその【紫】はさらに映えてくると言われている。
 まさに吉兆だ。
 そんなこともあり、アレキサンダー大王はこの貝紫を自分だけの色だと決めた。
 またシーザーはこの貝紫のマントを纏い、クレオパトラは艦船の旗を貝紫色にした。

 だが染色方法はフェニキア国の秘伝であり、ローマ人は決して作れなかった。
 その後、染色技法は途絶えてしまい、新たな貝紫の布や織物は長年製作されることはなかった。

 それを再現させたのが宮崎県の綾の手紬染織工房だ。なんと藍染の原理と同様の方式で発色させたのだ。
 こうなれば、貝紫色、やっぱり手にしたくなる。調べてみればネット販売されている。

 王家の【紫】を庶民が纏える、世の中も変わったものだ。
 とにかく【紫】、万葉のロマンスであったり、また痔の薬になったり、その上に、「 born in the purple 」、王家生まれが味わえたり、いやはや――ちぐはぐな漢字なのだ。