漢字一文字の旅 紫式部市民文化特別賞受賞作品
26―4 【疑】
【疑】、左部は杖を立てた人が後ろ向きで、進むか退くか決めかねて立ち止まってる姿だとか。それに右部の後ろ向きの人の形をさらに添えている。
ここから「うたがう」、「まどう」の意味になったとか。
そんな【疑】、「疑問」、「疑惑」、「容疑」などの熟語を作る。
また四字熟語には「疑心暗鬼」がある。
これは仏教の「六根本煩悩」の一つとされ、仏教の真理に疑いを持つことだ。
日常では、暗闇の中に、いない鬼がいるように疑うこと。したがって「疑心暗鬼」は晴れることが前提になるのかも知れない。
一方「疑惑」の結末は晴れることもあるし、やっぱり疑いの通りかともなる。
この【疑】、英語では「doubt」と「suspect」がある。どちらも「疑う」だ。
しかし、微妙に意味合いが違う。
「doubt」は、ちょっと違うと思うけど、疑う。
「suspect」は、きっとそうだろうと疑う、とのことだ。「suspect」の【疑】の方が疑いが強い。
紀元前60年、古代ローマのシーザーも疑った。相手は不幸にも妻だった。
男性禁制の儀式の時、妻は女装した情夫を引き込んだ、と。
シーザーはこれに戸惑い、「シーザーの妻は世の疑惑を招く行為をしてはならない」と立派な言葉を発した。
この英語が――「Caesar's wife must be above suspicion.」
そう、ここに……なんと「suspicion」と言ってしまった。
シーザーは絶対にそうだと確信の、そう、強気の【疑】があったのだろう。
そして結末は――離婚だった。
ことほど左様に、【疑】という漢字、どうも薄いものから濃いものまであるようだ。
作品名:漢字一文字の旅 紫式部市民文化特別賞受賞作品 作家名:鮎風 遊