連載小説「六連星(むつらぼし)」 第11話~第15話
椅子を引き寄せた岡本が、作業中の俊彦の隣へ座りこむ。
充分に水を含み、米粒の大きさににまとまりはじめた蕎麦粉の水加減を、
俊彦が指先でしっかりと確認をしていく。
やがて水分量が充分と見るや、いっきに中央へ集める。
それをひと塊りにくくりはじめる。
くくりの作業は、きわめて力を要する。
水分を含んだそば粉を、繰り返しこね鉢に押しつけていく。
最初は荒くザラザラとしていた蕎麦の肌が、次第に整えられ、
やがて、見た目にも滑らかなつるつるとした生地肌に変っていく。
「慣れた手つきだな。鮮やかなもんだ・・・・」
「この道、20年だ。
目をつぶっていても、蕎麦の機嫌なら指先一つで分かる」
「そうだろうな。、お前の蕎麦は20年も食っても飽きが来ねぇ。
段々忙しくなるもんだから、これからは留守が増えるかもしれねえ。
なにしろ被災地の復興の本番はこれからだからな。
バブルどころの話じゃないぞ。
復旧と復興予算だけで、今後5年の間に19兆円が動く。
港湾施設や防潮堤の整備、高台移転などの公共事業が目白押しだ。
大手のゼネコンは、11日の震災の直後からプロジェクトチームを派遣した。
地元での工作活動をいち早く展開している」
「お前さんたちの人道支援も早かったが、
ゼネコンの連中も金の匂いには、もっとも敏感に反応をしたということか」
「公共事業の削減で、辛酸をなめてきたゼネコンが、
千載一遇のチャンスとばかりに、東北で受注獲得にしのぎを削りはじめた。
今のところは、がれきの処理や、被害の少ない建物の改修工事などに
限られている。
本格的に動き始めるのはこの春からだろうと、みんなで睨んでいる。
いまのところは応急処置にすぎないが、春以降になれば、
土木や建築の大型事業が本格化をしてくるだろう。
このあいだ行ってきた宮城県のど田舎の町なんか、一年間の会計予算が、
せいぜい50億円程度だが、この新年度からは一気に
8倍の400億円に膨れ上がる。
それも一年限りの話じゃない。
そんな状態が、数年にわたってず~と続くんだぜ。
ちっぽけな小さな町には、土木や町づくりの経験のある職員なんか、
ほとんどいっていいほど居やしねぇ。
右も左も解らない建築土木の素人が、これからの街づくりを始めるんだ。
土建屋にしてみれば、いくらでも儲かる美味しい話が
転がっていることになる。
ゼネコンと不良が必死になって暗躍する理由が、ここにある。
復興地の自治体は、どこもみんな同じような有様だ」
手早くのばされた蕎麦は、薄く均一に広がる。
打ち粉が振られた後、綺麗にたたみこまれ、裁断待ちの状態に変わる。
「蕎麦は、手早さが旨さの命というが、まさにお前さんは腕は、名人芸だな」
岡本が感嘆の声をもらす中、俊彦の大きな包丁が間断なく小刻みに動く。
正確に2ミリの間隔で、蕎麦の生地を断ち切っていく。
「とはいえ、実は、ゼネコン各社も手放しで喜べない事情も有る。
鹿島と清水建設が2000億円で落札をした、宮城県の石巻地区の
がれき処理事業は、人集めに四苦八苦している。
どこもかしこも人集めに苦労している、苦しい台所事情が有る。
焼却前の仕分けに必要な、1日当たり1500人の作業員を
どう確保するかが、地元業者の間で話題になっている。
1500人といえば、地元のハローワークの12月求人の半数に
相当する人数だ。
焼却施設の稼働は5月を予定している。もう時間的にも余裕が無い。
地元では、沿岸から離れた仮設住宅に送迎バスを走らせて、そこに住んでいる
女性たちを雇用するという案まで、飛び出している。
人手の不足は、被災地の何処へ行ってもまったく同じようなものだ。
特に働き盛りの20~40代の男性が、慢性的に不足している。
ゼネコンの連中は、他県から作業員たちをかき集めているが大幅な旅費の
負担などで、労務費が予算よりもはるかに膨らんでいる。
余計な出費で、こちらも深刻な事態に陥っている」
「そこいらあたりの事情の中に、お前さんたちが暗躍する隙間があるわけか。
なるほどね・・・・持ちつもたれつの関係だな、ゼネコンと不良は。
常に表裏一体の関係とは、よく言ったもんだ」
「ゼネコンは表舞台で華やかに、綺麗事を言って商売をする。
俺たちは陽の当らないところで、そいつらが請け負いきれない
面倒くさい仕事や、汚れる仕事を色々と片付けている。
まぁ・・・長年にわたる、くされ縁ていうやつだがな」
「なるほどね・・・・いつまで経っても悪が生き残るはずだ。
さぁて、蕎麦は出来あがったぞ。
蕎麦は、『挽きたて、打ちたて、茹でたて』の3つが旨さの秘訣だ。
そば粉は北海道から取り寄せた、とびきりの極上品だ。
今日の蕎麦は特別に高いぞ。
覚悟しておけよ、岡本。今日のそばは、時価相場だからな!」
「おい、頼んでもいない蕎麦粉を使って、やくざに高額請求するつもりか。
素人のくせに、やくざを脅すとは、あきれきった蕎麦屋だな・・・・」
「なんとでもいえ。
どうせ人員を斡旋して、たんまりと上前をはねて荒稼ぎをしているんだろう。
人身売買とはいわないが、おそらくそれに近いものがある。
たまには、『釣りはいらねぇ』と、気前よくバンと払っていったらどうだ」
「本当にお前くらいだ。やくざを脅すのは。
それで思い出したが、また一人、原発患者の面倒をみてくれないか。
末期だと言うから、せいぜい持っても、あと半年くらいだと思う。
最後くらいは人並みにしてやりたいが、これだけは堅気でいないと具合が悪い。
悪いがまた、いつものように一肌脱いでくれ」
「いいよ。で、いつ頃になる?」
「来週、連れてくる予定でいる」
「了解した。救急医の杉原に早速連絡を入れておく。
でどうする、入院をさせるか、それとも俺の家で面倒をみるのか。
お前さんは、どっちがいい?」
「とりあえず自分で動けるうちは、家庭的な雰囲気を味あわせてやりたい。
そうなると、お前や響に余計な負担をかけることになる。
悪いが、いつものようにまた、お前の家にしばらく置いてやってくれ。
いよいよになったら、入院をさせるから」
「あいよ。了解だ」
作品名:連載小説「六連星(むつらぼし)」 第11話~第15話 作家名:落合順平