連載小説「六連星(むつらぼし)」 第11話~第15話
連載小説「六連星(むつらぼし)」第12話
「 煙害の山脈(やまなみ)」
山間をひたすら走る国道122号線と、渡良瀬渓谷鉄道に沿い、
常に車窓の右側を流れていた渡良瀬川が、足尾の街の直前で道路を横切り、
左側へ流れを変える。
その瞬間、赤茶けた足尾の市街地へと進む旧道と、町を避けてそのまま
急斜面を直進していくバイパスの分岐点が目の前に出現をする。
長い間、銅山で栄えてきた足尾町の入り口だ。
旧街道は、渡良瀬川の流れとともに左の方向へ登っていく。
旧道は、低い瓦屋根の赤茶けた屋並みの中へ、吸い込まれるように消えていく。
足尾は、銅の産出で栄えた町だ。
狭い盆地に、「足尾1000軒」と呼ばれた家々の密集がいまでも見える。
かつては3万8千人余りの人口を誇った町も、1973年の足尾銅山の閉山以降、
町は過疎化の一途をたどり、いまは、1割に満たない3000人が住んでいる。
狭い盆地を左に見下ろしながら、バイパスは一気に高度を上げていく。
1キロほどの坂道を登り終えるとバイパスは、足尾町の全てを見下ろす
高台に出る。
正面には銅山観光へ下っていく、真っ赤な橋が見えてくる。
「低い屋根の、長屋風の建物がいくつも連なっていたのが見えただろう。
銅山で働いていた工夫たちのための、長屋だ。
1916年ころには足尾1000軒と呼ばれ、栃木県の県都と並ぶ繁栄地だった」
「それにしても今は、あまりにも赤茶色に錆びれている街並みだわね・・・・
銅の精錬所は、どのあたりに有るのかしら」
「左の山裾方向に、くすんだパイプや煙突が見えるだろう。
それが昔の精錬所の施設跡だ。
いまは銅では無くリササイクル工場として、使われている」
「ねぇ・・・・痛々しい禿げ山と、荒れた地層があちこちに見えるけど、
あれが、煙害が残した傷跡なの?」
「銅の製錬は、銅鉱石を火で蒸し焼きにして、硫黄分を
取り除くことから始まる。
鉱石を蒸し焼き(焙焼:ばいしょう)にすると、鉱石中の硫黄分が
酸素と結合して亜硫酸ガスを発生させる。
亜硫酸ガスは煙と一緒に空気中に放出されるが、このガスが植物に触れると、
植物は枯れ、農作物にも悪影響を与える。
足尾銅山の銅鉱石には、硫黄分が大量に含まれている。
そのことが、より多くの亜硫酸ガスを発生させる原因になった。
山中での焙焼のため、煙が溢れて一帯の草木を枯らしてしまったんだ。
その結果。今見るような、山肌の荒れ果てた風景が出来たのさ」
「トシさんは、詳しいのねぇ。
なんでそんなに、足尾のことが詳しいの?」
「平成8年(1996)から、毎年行なわれている活動が有る。
市民ボランティアグループによる、「足尾に緑を育てる会」というやつだ。
足尾銅山の煙害で“はげ山”になってしまった足尾の山に緑を戻そうと
活動を続けている市民団体だ。
植樹活動には、君のお母さんも最初から参加している。
いつもお洒落な君のお母さんが、素顔のまま、首にタオルを巻きつけて、
頭に手拭いの、姉さんかぶりをする。
上下ジャージに軍手と長靴という、完全武装でやってくるんだ。
一度、君にもその姿を見せたいね」
「すみに置けませね、トシさんも。
ということは、一年に一度、私の母と行き会っているということになります。
な~んだ。遠い昔の知り合いだけかと思っていたら、私の知らないところで、
いまだに2人は、しっかりと繋がっているんですねぇ・・・・」
「別に、隠す必要はないだろう。
市民団体のボランティアだ。これといって特に問題はないだろう?」
「植樹活動の際に、たまたま2人が会うだけですもんね。
禿げ山の中で会うこと自体は、なんの問題もないと思います。
でも問題はそのあとです。大人たちは秘密が多すぎるもの。
ちょっと目を離した隙に、なにをしているのか判りません。
油断も隙も有りませんから・・・」
「君は俺から、何の話を聞きたいのかな?。
禿げ山の由来が聞きたいのかな、それとも大人のゴシップ話が
希望なのかい?。
どっちだ。ひとつにしてくれ、聞きたいことことは」
「せっかくですので、お母さんもボランティアで参加していると言う
禿げ山の由来の方を、お願いします」
作品名:連載小説「六連星(むつらぼし)」 第11話~第15話 作家名:落合順平