小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

連載小説「六連星(むつらぼし)」 第6話~第10話

INDEX|9ページ/11ページ|

次のページ前のページ
 


連載小説「六連星(むつらぼし)」第10話
「湖底の村」

 「うわ~。まるで江戸時代にタイムスリップしたみたいです!」

 いつのまにか俊彦の右腕にからみついた響が、また、黄色い声を上げている。
白い土塀を回り込むと、まるで映画のセットのような板塀の路地道が現れる。
そそりたつ板塀と白い漆喰の壁が、好対照を見せる『酒屋通り』が
2人の目の前に現れる。


 「このあたりには、ぜんぶで400軒ほどの建物が有る。
 そのうちの約半数。230軒ほどが、昭和20年よりも前に
 建てられたものだ。
 そういう意味でこの一帯は、重要伝統的建造物地帯と呼ばれている。
 いま保存のための運動を展開中だ。
 ほら、その先に、もうひとつの長い黒板塀が現れてきた。
 ここが君のお母さんが、小学校3年から湯西川へ芸者修業へ行くまで
 ずっと住んでいた母屋だよ。
 ここも古いものだ。建てられたのはおそらく昭和の1ケタだろう。
 換算すると、ざっと80年から90年は経っているはずだ。
 桐生の代表的な、町屋のひとつさ」


 響が黒塀に軽く触れながら、母の面影を探している。
ゆっくりとした足取りが、板塀の中間に作られた門のところで立ち止まりる。
覗きこむと、ポンポンと置かれた飛び石の先に、黒く光る格子戸の
玄関が見える。
目線を上げた響が、青みがかった瓦の屋根を見つめる。
屋根の稜線を覆うように、急場しのぎの青いビニールシートが目に
飛び込んでくる。
響が、小さな声で俊彦ささやく。


 「ねぇ・・・・屋根の上にビニールシートが架かっているわ。
 去年の東日本大震災の傷跡かしらねぇ。痛々しいわね。
 あれから一年近くがたつというのに、いまだに修復が出来ないなんて
 可哀そう」

 「昔の家は、今とは違う素材で作られている。
 修復しょうと思っても、瓦1枚さえ、入手が出来ない状態なのさ。
 今のところ修復の見通しはまったくたっていない。
 それでこのままの状態が、続いているんだ」


 「そうなんだ・・・・
 ねぇ、お母さんは小学校3年の時から此処に住んでいたと、言ったわよねぇ。
 じゃあ、その前はどこなの。お母さんが生まれた、本当の場所は」

 「今は、湖底の村だ。
 足尾から流れてくる渡良瀬川をせき止めて作った、草木ダムの水の下だ。
 場所は、神戸と書いて、『ごうど』と読む。
 そこが君のお母さんが生まれた、本当の故郷だ」


 「いまは、水の底か・・・・」

 「ちょうど今は、渇水の時期だ。
 うまくいくと、ダムの底が見えるかもしれないな。
 雪解け前は、水量が減り、時々湖底に沈んだ昔の集落が姿を現す。
 しばらく雨も降っていないので、可能性はあるかもしれないな。
 ここからなら、小一時間くらいで行ける。
 ドライブがてら、草木ダムまで行ってみるか?」


 「喜んで」、と、右手にぶら下がった響が、嬉しそうにほほ笑む。
すでに母が生まれたという、湖底の村に思いをはせている。
「いつのまにか、恋人たちのような接近ぶりだな」と俊彦が苦笑をこぼす。


 「それではもう一度、トシさんが言うように、3歩後ろに下がりましょうか」
と響が、悪戯そうな目で俊彦を見上げる。
「いや。俺もまんざらな気分でもない。もうそれに今となっては後の祭りだ」
と俊彦が、軽くぼやいてみせる。
それに乗じた響が鼻をならしながら、さらに身体を擦り寄せてくる。
「あまりくっつくな。べたべたするとかえって、歩きづらくなるだろう、
おいっ」
しかし若い娘はこうなると、もう、どうにも手がつけられなく。
「いいじゃない。歳の離れた愛人カップルに、世間からは見られても」と、
響はいっこうに動じない。