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連載小説「六連星(むつらぼし)」 第6話~第10話

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 「え・・・・ずいぶんと狭い路じゃん。大丈夫なの。行けるのこの路は?」

 「桐生ではごく当たり前の路地道だ。いいから黙って着いておいで」


 人が一人歩くのがやっとの、きわめて狭い路地道だ。
突き当たりの壁が現れるたびに、俊彦が右や左へ進路を変える。
迷路にような小路を、俊彦は自宅の庭のように苦も無く進んでいく。
両方からせり出してくる屋根のために、少しくらいの雨なら濡れない小路だ。


 古い板塀が途切れると、突然、目の前に民家の玄関が現れる。
小路に面した窓越しに、無防備なままの茶の間、が突然姿をあらわす時もある。
(大丈夫なんだろうか。私生活が丸見えの、こんなごみごみしたところへ
踏みこんでも・・・・)響がそんな不安を感じたころ、いきなり
目の前が赤くなる。
高さ3メートルは有ろうかという、巨大な赤いレンガの壁が目の前に現れた。


 「この道は、お母さんがいつも歩いていた通学路だ。
 ここの煉瓦の壁沿いを南の方向へ下れば、本来の生活道路がある。
 でもこのあたりに住む子供たちは、それとは別の道を使うのさ。
 お母さんもふくめて、下町にすむ子供たちは、学校へ行く時に
 常に此処を通る。
 みんなで、この迷路のような路地道をつむじ風のように、
 元気いっぱいに駆け抜けていく。
 どうだい・・・・どこかで、お母さんの匂いを感じたかい?」


 「母の匂い?。へぇぇ・・・・此処が母の通学路なんだ」


 今歩いて来たばかりの、路地道を響が感心したように振りかえる。
何処をどう歩いてきたのかすら思い出せないほど、煩雑過ぎる路地道だ。
しかし、間違いなくこの路地道のどこかに、母の足跡や息使いが
残っているはずだ。
ここには、昭和の初めからの景色がそのまま残っている。
まったく変わらないままの佇まいの中に、母の思い出を秘めた路地道が有る。
(お母さんの通学路は、こんな迷路の中だったんだ。
小洒落た町だな桐生も・・・・)


 「こらこら響。感動するのはまだ早い。
 この赤いレンガの壁の先に、今日の本当の感動が待ってる。
 じゃあ、本来のひろい通りのほうへ出て、君のお母さんの匂いがしみついた
 懐かしい主家(母屋)を、見学するとしょうか」

 煉瓦の塀に沿い南に下ると、俊彦が言っていた広い往来に出る。
赤いレンガ塀が終わると一転して、響の目の前に2m余りの真っ白の
土塀が現れる。
「見てごらん。この白壁の向こうに、お母さんの暮らした家が有る」
俊彦に促されたが身長155センチと小柄な響に、2メートルの壁は高すぎる。


 「そこからじゃ、近すぎて見えないさ。
 もう少し下がって、反対側まで来てから振り返ってみるんだよ。
 そう。そのあたりから見上げてごらん」


 言われたままに位置を変え、響が白い土塀の上を見上げる。
真っ白の土塀の上に、赤いレンガで覆われた4連ののこぎり屋根が突然現れる。
「もうすこし背伸びをして。工場の奥をほうを、よく探してごらん。」
と俊彦が土塀の彼方を指さす。
「もっと奥?」土塀越しに響が、つま先でぴょんと飛び上がる。
勢いが足りないのか、中があまりよく見えない・・・・
もう一度勢いをつけ直すと今度は、元気に垂直飛びでジャンプする。


 「ほら。飛んだ瞬間的に見えただろう。
 ステンドガラスのとんがり屋根と、青いチャペルの鐘が見えただろう。
 ここからは、3つの時代の建物が見えるんだ。
 赤いレンガ塀で周りを覆われたのこぎり屋根の織物工場と、
 和風の白い土塀は、明治時代につくられたものだ。
 その向こう側。今見えたのが、大正時代に建てられた青いチャペルの教会だ。
 もっと奥のほう。緑の木蔭に、白い土蔵が見えただろう。
 それが君のお母さんが住んでいた、土蔵を改造した家屋だよ。
 土蔵は、昭和初期にたてられたものだ。
 第二次世界大戦の戦火を受けずに済んだおかげで、100年を越える建物たちが、
 桐生の市街地に、たくさん残っている。
 どうだい、気に入ったかい。
 ここは君のお母さんも大好きだった、とっておきの場所だよ。
 ここの景色を君に見せたくて、わざわざ路地道を遠回りしたんだ。
 どう? 小粋な街だろう、桐生は・・・・」