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連載小説「六連星(むつらぼし)」 第6話~第10話

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連載小説「六連星(むつらぼし)」第9話
「母の匂い」

 金髪の英治が就職を決めてきた仲町のクラブ「雅(みやび)」で、
響が働きはじめてから、最初の一週間が経過した。
今日は初めての休日だ。 
10時を過ぎやっと起き出した響が、そのまま2階の手すりから
身体を乗り出した。
「寝る子は育つぞ。やっと起きたか、お早うさん」ちょうど廊下を
通りかかった俊彦から、声がかかる。


 「ねぇ、トシさん。
 お母さんの育った家は、どっちの方向なの?」

 
 「ここからでは見えない。
 なんだい、もう、お母さんの匂いが恋しくなったのかい」


 「違います。
 古いけど、とても趣の有る素敵な家だったと、母から聞いた覚えがあります。
 そうか、ここからでは母が住んだ家は、見えないのか・・・・
 う~ん、ちょっぴり残念だなぁ」

 
 「よければ、その家を見に行ってみるかい?」

 「え。いいの?。今日は仕事を休んでも」

 「会話がまったく、かみ合っていないぜ響。
 お前さんは、他人(ひと)を、その気にさせる天才のようだな。
 休んでもと・・・いう意味は、今日一日、私と夜まで付き合えと、なんだか、
 そんな風に聞こえたぞ」


 「えへへ。確かにそんな風に言いました、私は。
 だってトシさんのお蕎麦屋さんに、定休日はないんだもの。
 たまには若い美人と一日デ―トをするのも、素敵だと思うでしょ。
 お母さんの家を案内してもらうだけではもったいないもの。
 だってさぁ。青空はとっても綺麗だし、
 家に居るのはもったいないお天気です」

 「有りがたい話だ。
 せっかくの若い美人からのお誘いだ。よし、そうしょうか。
 ただし最初にひと言だけ言っておくが、間違っても俺の前だけは歩くなよ。
 女は常に、3歩後ろを歩くこと」


 (古いなぁ、トシさんは・・・)苦笑しながらも、
響は嬉しそうにはしゃいでいる。
「あ、営業用の服だけは、やめてくれよ。
援助交際だと世間から誤解されちまう」俊彦の声を背中で聞きつつ、
響が、鼻歌まじりで着替えを始める。


「できれば美味しいものを食べたいな。
トシさんのお蕎麦も食べ飽きたし、ねぇちょっと」と響が振り返った時、
すでに俊彦の姿は廊下に見えない。
あら・・・もう居ない、早いわね消えるのがと思いつつ窓から下を覗くと、
駐車場で、くわえ煙草の俊彦が車に寄りかかって待機をしている。
「もうひとつだけ言い忘れていた。お化粧に時間がかかる女は置いていく。
 俺は、人を待たせるのも嫌いだが、女から待たされるのは、もっと嫌いだ」
と、カラカラと笑う・・・・


 響を乗せた車は、5分ほど桐生の町中を走る。
桐生市の町並の基点と言われている、桐生天満宮の境内へ滑り込む。
本町通りの正面にそびえている真っ赤な大鳥居を擦り抜け、
境内の石畳を横切ると、機織り発祥の碑の所で俊彦が車を停める。
「此処からは、徒歩だよ」そういいながら車を降りた俊彦は、
そのまま石畳を歩きはじめる。正面にそびえ建っている重厚な本殿へ向かう。


 「え?・・・・そっちは本殿でしょ。なんでそっちの方向へ行くの?」


 「本堂の、すぐ横を抜けていくのが一番の近道なんだ。
 お母さんたちもこの桐生天満宮の境内が、小さいころからの遊び場だった」


 本殿をぐるりと取り囲む板塀に沿って、俊彦はさらに裏手に進む。
本殿の壁は、すべて木彫りの彫刻で埋められている。
「江戸時代に彫られたものだ。すべて地元の職人さんたちが彫ったと
いわれている」
彫刻の壁を通過しながら、俊彦が響に説明していく。
しかし俊彦の足の運びは軽やかだ。。
早くも本殿の脇を抜けて、裏手にある鬱蒼とした雑木林へさしかかる。
 
 響の足は、鮮やかな彫刻群に見とれたまま停まっている。
屋根の直下から始まっている江戸時代の彫刻は、何層にも複雑に入り組みながら
壁のすべてを覆い尽くしている。
木造の彫刻群は、さらに本殿の裏面へつづく。
本殿の背後をぐるりと回った彫刻群は、さらに反対側の壁面へ続いていく。


 「置いていくぞ。のんびり見ていると、日が暮れる」
雑木林の中ほどから、俊彦が響の様子を振り返る。
「残念だなぁ。もう少し彫刻が見たかったのに・・・」響が少し小走りになる。
雑木林の小路に消えていった俊彦を、慌てて追いかけていく。


 「ここまでの道筋で、景色に見とれているようでは、この先も危ないよ。
 桐生の真骨頂は、実はここか先に有る。
 裏路地と織物の町と言われている桐生の独特の町並は、ここから本番だ。
 はぐれたくなかったら、ちゃんと俺の3歩後をついて来い」


 目の前に現れた路地の入口で、俊彦が、響の姿を振り返る。
その言葉の意味が、すぐに理解が出来る場所が響の目の前に現れる。
路地を歩き始めて間もなく、突然前方に壁が立ちふさがり突き当たりになる。
そこから左右へ別れていく路地道は、幅が人ひとりがやっとという、
1mにも満たない、細い通りに変ってしまう。