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ドラゴンの涙(1)

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2.

 壁に開いた穴を塞ぐのに十日間ほどの時間を要したものの、何とかラゴールの店は以前と変わり映えしない程度にまでは修繕出来た。
 その間、町はまるで死んだような様相を呈していたが、ラゴールの店が再開された瞬間、再び活気を取り戻した。
 それとまるで相反するかのように、自分の責任とばかりに店の修復を手伝っていた彼女が、疲労が一気に出てしまったのか、修繕祝いのパーティが催されようとしていたまさにその瞬間、店のど真ん中で倒れ伏してしまった。
「おいおい、大丈夫かよ、嬢ちゃん?」
 パーティに出す料理をせっせと運んでいたラゴールは目の前で彼女が倒れてしまったことに驚愕しつつも、用心棒である男の姿を捜す。
 まるでそれが当然のことであるかのように、クライブはジョッキいっぱいの麦酒をかっくらいながら、近所に住むつい最近結婚して姓が変わったばかりの女性を口説きにかかっている。見境がないというか、本当に相も変わらず呆れる男である。とは言え、隣に夫がいるにも関わらず、細い腰をクネらせている彼女も同類であるのかもしれない。彼女の旦那に比べれば、クライブは数倍―――いや、相当の色男であったから、それも仕方がないとも言えるのかもしれないが。
「おい、クライブっ」
 大量の皿を持ったまま、ラゴールは用心棒の名前を強く呼んだ。
 うんざりとしたようなクライブの顔がラゴールの方に向けられる。
 クイッ、と彼女の方にラゴールが顎をしゃくった。自然と、クライブの琥珀色の瞳も向けられる。
 眉間に皺が寄った。
「上に連れて行ってくれ」
「はあ?あんたがすりゃ、いいだろ?」
「この状態で運べと?」
 ラゴールは両手に持っている皿に視線を落とす。
「たまには、お前も役立て。店の修理中にも何処かに消えてやがったしなあ」
「当たり前だろ。店の修繕は用心棒代には含まれちゃいねぇんだから」
「ふん。どうせ、何処かの町で女遊びでもしてたんだろ。いいから、さっさと運んでやれ。それくらいのことはお前だってやれるだろ?それとも、何か?お前が接客してくれんのか?」
「………」
 更に深い皺がクライブの眉間に刻まれる。
 ドン、と半分ほどになったジョッキがテーブルの上に置かれた。
 ブツブツと何事かまだ愚痴っている様子ではあったが、口説いていた女性の耳元に何かを囁いた後で、クライブは店のど真ん中へと歩みを進めた。
 頬を真赤にし、荒い息を吐き出している彼女の姿も見て眉間に皺を寄せつつ、小さな溜息を吐き出す。
 と同時に、よっこいしょ、と呟きながら、胸の割りには細身である彼女の身体を抱き上げた。膝と背中の後に手を入れ、所謂姫抱きという形にする。
「2階の左端だ」
 彼女に貸している部屋のことを言っているのだろう。ラゴールはそれだけを言うと、さっさと自分の仕事へと戻っていく。
 やれやれ、と思いつつもそれを口にすることはなく、クライブは階段を使って2階へと昇って行った。



 ドアの前に着くと、片手で彼女の身体を抱き直し、空いた方の手で持ってノブを右へと回す。
 女性が泊まるには質素な部屋ではあるが、ごつい男が経営している割には綺麗に片付いた部屋ではある。ラゴールはああ見えて、几帳面で、整頓好きな男なのである。忙しいと常々ぼやいてはいるが、掃除も隅々にまで行き届いている。
 クライブの部屋を除いて。
 用心棒とは名ばかりのクライブの部屋は、店の地下に配置されている。隣には酒や店で出す食料が大量に置かれている食料庫がある。保存用に使われているだけあって地下は一年中涼しいが、大陸の中でも北側に位置しているこの国の冬は吐き出した息が一瞬で凍り付いてしまうほどに寒い為、凍えてしまうほどだ。暖房器具など金のかかるものは地下には配置されていないから尚のことだ。
 が、店や旅籠の方となるとそうもいかない。客が快適に過ごせるような設備をしっかりと金をかけて、ラゴールは造っていた。それが、この店が人気の証でもあろう。
 とはいえ、今の季節は夏。
 この国で1番過ごしやすい季節。
 開放された窓から流れ込んでくる風は、心地よい空気を運んでくれる。
 注ぎこむ太陽の光に目を細めつつ、綺麗に整えられたベッドに彼女の身体をそっと横たえた。
 更に熱が上がってきてるのか、抱き上げた時よりも彼女の身体は更に火照っている。
 さてどうしたものか、とクライブは首を捻った。治癒士(ヒーラー)の1人でもいれば彼女の病などすぐに治してしまえるであろうが、生憎と王国の中でも辺境の位置に存在しているこの小さな村にはそういった者は残念ながら住んではいない。王国までいれば五万とは言わずとも、片手以上の治癒士が存在しているであろうが、そこまで行ってる時間は見た目に見てもないだろう。
 一瞬、クライブの脳裏にある男の秀麗な顔が浮かんだが、すぐにそれは消えた。
 あの男はこういった類のことを頼める人物ではない。というよりも、クライブが土下座したって、聞き入れてくれるような人物ではない。
「土下座って……」
 それをすることはクライブのプライドとしても許されないことだ。
 その考えを振り払うようにクライブは頭を振ると、誰かが階段を上がってくる音が聞こえてきて振り返った。
 開けっ放しのドアの向こうに、ラゴールの姿が現れた。客が少しばかり引けたようで、どす黒い液体の入ったグラスと、清潔な布のかかった桶をその手に持っている。桶の中にはよく冷えた水が入っているのだろう。
 ラゴールは幾ばくかの視線をクライブに寄越したが、彼女と私物と思しき幾ばくかの荷物が乗ったテーブルの上にそれらを置いた。思っていたように水の入った桶に布を浸し、キツク絞ると、ベッドに近づいて行き、彼女の額の上に乗せた。
「それ」
 ラゴールがもうひとつ持ってきたグラスをクライブへ顎でしゃくった。
あ、と問い返すクライブに「薬だ」とラゴールは答える。
 何故俺に言うのだ、と言わんばかりにクライブが眉を顰めると、ラゴールは、にやり、と唇の端を上げる。
「お前が飲ませろ」
 この状態だ。自ら飲むことなど到底無理だろう、とラゴールは続ける。
 接吻でもして飲ませろ、とラゴールは言っているのだろう。
 元より酒と女が大好物であるクライブが断るはずもないだろう、と思った故のラゴールの発言。
 クライブは器用にも片方の眉を吊り上げた。
 確かにクライブは女好きだ。好みの女と見れば、相手が既婚だろうが、自分よりも相当の年上だろうが、所構わず手を出しはする。増して、目の前の彼女は、クライブの好みの範疇に入る上に、その中でもとびっきりだ。
 が、流石に病人に手を出すほど落ちぶれてはいないし、悪人でもないと思う。
 それに何より、どうにも彼女には手を出してはならない何かがあるように感じていた。出会いのあの瞬間、思いっきり胸を揉んでやりはしたもののだ。
「どうした?」
 早くしろ、と言い募るラゴールに頭を大きく振ってみせた後で、クライブはテーブルの上のグラスを掴んだ。
 ベッドに近寄ると、うっすらと彼女が目を覚ましたらしいのが見えた。
 クライブの動きが止まった。
「おい…」
 出て行こうとするラゴールの背中に呼びかける。
作品名:ドラゴンの涙(1) 作家名:かいや