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連載小説「六連星(むつらぼし)」 1話~5話

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 「ふ~うん、そうなの。母らしいわね」

 「で、どうする。帰るなら湯西川へ、今からでも送って行ってもいいが?」


 「オジさんが、私をかくまってくれるなら、少し桐生に住んでみたいな」


 「か・・・・かくまう!。俺が?・・・・お前さんと一緒に住むのか?」

 「あら。それってそれはオジさんには、想定外なの? 」


 この子には、俊彦も先手を取られっぱなしだ。
俊彦が、言葉に詰まり進退きわまって、腕組をしたまま天井を見上げてしまう。
ちょうどそのとき、表でひとの気配がした。
若頭の岡本が若い連中を引き連れて、ガラリと入口の古い格子戸を開けた。
岡本の顔を見た瞬間、電気仕掛けの機械人形のように椅子から
立ちあがった響(ひびき)が、
あっというまに俊彦の背中へ隠れてしまう。


 「まだこんなところに居たか。この目障りな小猫は。
 人の顔を見るたびに、いちいちトシの背中になんか隠れるんじゃねぇ。
 それじゃあまるでこの俺が、歳甲斐もなくお前さんを
 いじめているように見える。
 これでも俺はこの界隈では、仏の『欣也』さんで通っている男だ。
 あまり俺に恥をかかせるんじゃねぇ。
 いつまでも逃げ回っていると、本当にとっつかまえて、
 お前さんを食っちまうぞ! 」


 俊彦の背中で、響がますます小さく固まる。
「しょうがねえなぁ、おい!」振り返った岡本が、若い衆の
ひとりを手招きする。
何やら耳元で、ごにょごにょと指示をする。
「へいっ」と短い返事を残して、金髪の若い男が勢いよく格子戸を開ける。
開けた瞬間、あっというまに表に向かって飛び出していく。


 「トシ。いつものやつを俺に、2人前つくってくれ。
 若いもんには、なんでもいいから旨そうなものを適当に見繕ってくれ。
 なんだ。見たところ小猫の奴は、夕飯は済んでいるのか?。
 腹を減らしているだろうと思って、せっかく英治のやつを使いに出したのに。
 それじゃあ、『あれ』を買ってきても、無駄になりそうだな。
 おい、お前。ひとっ走り追いかけていって金髪の英治には、
 花でも買ってくるように言いつけろ」

 命令された男も、解き放された猟犬のように、格子戸から飛び出していく。
ようやくトシの背中を離れた響が、今度は厨房の柱の陰に身をひそめる。
そのまま息を殺して、店の様子を窺っている。
「おい、ビール!」岡本の大きな声に、もう一人の男が鋭く反応をする。
大きく足を踏み出した男が、あっというまに響のいる厨房へ飛び込んでくる。
あわてた響が、厨房の反対側の壁まで、一足飛びに飛びのいてしまう。


 「こらっ。小娘!。
 全くお前さんは、チョコチョコと目障りに逃げ回りつづける小猫だな。
 そいつは、お前さんを捕まえに行ったわけじゃねぇ。
 そいつはただ、厨房にあるビールを取りに行っただけのことだろうが。
 ほんとうにまったくもって、実に気に入らねえ小猫だ。
 おい、トシ。
 飯を食わせたら、そんな面倒臭い小猫はさっさと表に放り出せ。
 それも、なるべく遠くまで行って捨てて来い。
 いいか。街の外まで行って、さっさとそいつを放り出してこい」

 「それがよぉ・・・・岡本。
 仔細が有って、いつの間にか、ここでかくまうことになった」


 「か・・・かくまう!。この目障りな小娘をか。
 何を言ってやがる、正気かトシ。
 お前も歳の割に、やることが大胆だな。
 こんな若いじゃじゃ馬をかくまったら、後で絶対に後悔するぞ。
 第一、愛人にするにしても、何もわからないこんな小便臭い小娘じゃ無理だ。
 元気だけが取柄で、3日と持たずに名誉の腹上死をする羽目になるだけだ。
 やめとけ、やめとけ。こんな小生意気(こなまいき)なだけの小娘は、
 ろくな寝床のテクニックも持っちゃいねぇ。
 こんな、つまらねぇ小娘なんぞと『やる』くらいなら、
 人形とでもやったほうが、よっぽどもましと言うもんだ。
 なんなら俺が、もっと上手な年増を紹介してやるぞ。なぁ、トシ」


 (私のことを、小便臭い小娘と言いやがったな。あの不良め・・・・)
こさすがにカチンときたのか、響の顔色が瞬時に変る。
目をつりあげた響が、勢いよく厨房の壁から離れる。
怖い顔をしたまま、厨房のまな板の上に置いてある切れ味鋭く磨きぬかれた
包丁を無言のうちに、むんずと手にする。


 これにはさすがの岡本も、言葉を呑んで凍りつく。
何がおこるのかと、居合わせた一同が、固唾をのんで響の次の行動を見守る。
やがて・・・・『お手伝いをします』と響が短くつぶやく。
次の瞬間、まな板の上に置いてあったネギを、気合もろとも響が
一刀両断に断ち切る。
ネギは厨房のあちこちへ激しく乱れ飛び、包丁は、ものの見事に
まな板に食い込む。


 「お・・・・おそるべき怪力だな。響。
 ネギを見事に切断したうえ、振り下ろした包丁がまな板に食い込むとは、
 恐れ入った。こんな光景は・・・・俺も、初めて見た」

 そこへ花束と、湯気の上がる包みをぶら下げた金髪の英治が、ガラリと
格子戸をあけて、息を切らせて駆け戻ってきた。
呆気にとられてたまま響を見つめていた岡本が、英治の姿を見てほっとする。
(やれやれ。間一髪で間に合ったようだ)岡本が、ふふふと笑って
サングラスを外す。
立ちつくしている英治から、まず、花束を受け取る。
荒い息をしたまま、両手を腰に当てて仁王立ちしている響を岡本が手招きする。


 「なるほど・・・・小猫とはいえ、あまりいじめすぎると
 誰にでも噛みつくということがよくわかった。
 和平交渉だ。けが人が出ないうちに、そろそろ手打ちと行こうぜ。
 そこの可愛いお嬢ちゃん。
 田舎だが、桐生の繁華街は小粋な街だ。
 真夜中まで開いている花屋も、ちゃんと有る。
 こいつはお嬢ちゃんにプレゼントしようと思って、そこの花屋で買わせたものだ。
 ついでと言ってはなんだが、こっちの包みは屋台のシュウマイだ。
 見た目は悪いが、この屋台のシュウマイは、ソースで食うとめっぽう旨い。
 仲町通りじゃ、ちっとは名の知れた名物だ。
 どうだ・・・・お嬢さん。この二つのプレゼントと引き換えに、
 このおじさんと、手打ちをしょうじゃねえか」


 響がシャツの両腕をたくしあげながら、大股で厨房から出てくる。
響きが岡本の目の前で、ドンと勢い良く足を踏みだす。
勢いに押されて、少し気おくれを覚えたのか岡本が花束を抱えたまま、
半歩ほど後ろへ下がってしまう。

 
 「お花もシューマイも、両方ともよろこんで頂戴いたします。
 それではビールなどで、とりあえず手打ちの乾杯などをいたしましょう。
 岡本のおじ様・・・ 
 私は、正田 響と申します。
 どうぞこれをご縁に長く、ご贔屓(ひいき)のほど、お願いいたします」

 にっこりと笑い、岡本の目の前で響が涼しい笑顔を見せる。
どうぞと優雅に、ビール瓶とグラスを持ちあげる。
響は湯西川で育った芸者の血を引く、今風の大和なでしこだ・・・

3話につづく