連載小説「六連星(むつらぼし)」 1話~5話
岡本がサングラスを外す。
人のよさそうな丸い目を見せた不良が、それだけを言い残すと、
大きな笑い声をひびかせて、再び桐生の歓楽街を南に向かって歩きはじめる。
古い歓楽街でもある仲町通りは、3人の若い衆を引き連れて岡本が横ぎろうとしている
駅前へ通じる東西の通りを北限に、南に向かってJR両毛線の踏切まで、
ウナギの寝床のように、南北に細長く連なっている。
バブル全盛だった頃には、道幅が4mにも満たない狭い道を、
深夜から未明まで、多くの人が常に歩いていた。
「おじさんは、いったい何者なの?」
「言っただろう、蕎麦屋だ」
「へぇぇ・・・不良専門の蕎麦屋なの?」
小奇麗に整った顔つきをしているが、この子は口のききかたが
少しばかり粗野だ。
目元のあたりに、どこかで見たような面影を見つけ出したが、あまりにも
遠い記憶のため、それが誰であるのか俊彦は思い出せない。
「お前さんは、まるっきり、日本語の使い方が出来ていないようだ。
憎まれ口をきく前に、礼を言うのが先だろう。
まぁいい。腹が減っているならご馳走するから、俺の店に寄れ。
といっても、これから支度するので、すぐと言う訳にはいかないが・・・・
しかし見たかぎり、別に急ぐ旅でもなさそうだな」
「不良御用達の蕎麦屋で、これから営業を始めるの?
ますますもって危ない匂いがしてきたわ。
でも、たしかにおじ様が言うように、とりあえずお腹は空いています。
あ。だからと言って、あたしには手を出さないでね。
あたし、こう見えても、まだ処女なんだから」
「あきれたなぁ・・・・
路上で客引きをしているくせに、いまだに処女とは見上げたもんだ」
「ちょろいわよ、オヤジをだますことなんか。
ホテルに入ってから、汗臭いのは嫌いだからお風呂に入りましょうと言うの。
そのあとで、たっぷりと楽しみましょうと甘えて言えば、
ほとんどのオヤジどもが有頂天になる。
私も入るから、先に入って待っていてと言えば、10のうちの8から9は、
みんなもうその気で、お風呂の中でのぼせながら待っているわ」
「その隙に、財布ごと奪ってトンずらをするのか?」
「そこまで私は、悪者じゃありません。
帰りのタクシー代くらいは、ちゃんと残しておきます。
身体は許していないけど、唇や、おっぱいは触られまくられているんだもの。
それなりの代償をちゃんと払ってもらいます。
あたし的には、ギリギリのセーフだと思っているんだけど、
やっぱり、それでも犯罪になるのかなぁ・・・・」
「美人局と言う、立派な犯罪だ。
まぁいいさ。だが、全部はうまくいかないだろう。
逃げ切れない時はどうする?。
絶対絶命のピンチっていう時だってあるだろう。数の中には」
「決め手が有るの。客を拾う時に、相手を見きわめる目が肝心なの。
見るからにスケベそうで、飢えていそうなオヤジなら絶対に安全だわ。
今のところは、100発100中で成功しています」
「おっ、もう、そんなに騙したのか?。そうとうな悪だね、お前さんも」
「蕎麦屋のオジさん以外なら、騙せる自信が有るんだけどなぁ。
ねぇ早く行こ。お腹がすいてるんだ、あたし。
美味しい蕎麦を、お腹いっぱい食べさせてくれるのなら
キスくらいならいいわよ。
おじさんに許してあげても」
「あ、あのなぁ・・・・」
「不良にからまれそうな所も救ってくれたから、じゃあ・・・・
オッパイまで許そうか。
でもそこまで許すと、飢えているおじさんの場合は
自制心が効かなくなるから、危ないことになるんだけどなぁ・・・・
あたしもこう見えて、けっこう感度は良い方ですから」
「あちゃぁ・・・変なのを拾っちまったなぁ。
やっぱり。あの時に関わらないで、放っておけばよかったなぁ」
「感謝しています。あたしだって。
不良の顔を見た瞬間、久々のピンチの到来かと思って覚悟は決めていたんだ。
あ、あたしの名前は、響(ひびき)って言うの。
オジさんの名前は」
「松浦俊彦。蕎麦屋のトシだ。覚えやすいだろう」
「蕎麦屋の俊彦か・・・・
じゃ早く行こうぜ、トシ。店を開けて、美味しい蕎麦とやらを食べようぜ」
行きがかりとはいえ、・・・・
本当に、変な女の子を拾ってしまったようだ。
2話につづく
作品名:連載小説「六連星(むつらぼし)」 1話~5話 作家名:落合順平