便利屋BIG-GUN2 ピース学園
できれば会ってみたかったな。瀬里奈はハッと目を上げた。
「みんなは?! どうしたの」
おれは即答した。詰まったら、また言えなくなると思っていた。
「北の倉庫の火災現場から遺体が4つ発見された。今わかってるのはそれだけだ」
瀬里奈の顔が見る見る崩れた。その瞳に涙が溢れる前に瀬里奈はだっと俺に駆け寄り肩にすがって俺の胸に頭をうずめた。
美しい黒髪が甘い香りを漂わせながら俺の眼前で震えていた。
「もうやだよ」
その肩に手を置いてやる事もできず呆然と立ち尽くす俺自身を俺は嫌悪した。
「たすけて……」
瀬里奈は小さく言った。そしてもう一度。
「たすけて、ケンちゃん……」
あの頃の瀬里奈、トヨタセリカそのものだった。
こいつは確かに俺をそう呼んでいた。あの別れの時もそう言って俺に手を向けた。だが俺は何も出来なかった。何も言えなかった。今と同じで。
だが怒りは湧いてきた。瀬里奈たちを翻弄した黒幕に対しどうにもならないほど怒りがこみ上げてきた。
ここまでやるのか。
ゆるさねぇぞ、松岡。
「Jr.私は立派な人間などでは無い。私はただの……」
クナイト・バーン、俺の兄貴だ。
名前で解るとおり義理の兄である。
松岡と並び親父の片腕と呼ばれた男「ルーク・バーン」の息子で、幼い頃両親を亡くした時、当時子供に恵まれていなかった親父夫婦が養子として引き取った。
元々の天賦の才と親父の教育そして何より本人の努力で今では親父も一目置く組織の重鎮。跡継ぎだ。
もう解っていると思うが俺の親父はヤクザのボスだ。代々のボスではなく親父の代で起こしたファミリーだ。
それでもこの国で指折りの組織となったのは親父の圧倒的カリスマによるものだ。
血生臭い暗黒街とは言ってもヒットマン、暗殺者からボスに成り上がったのは親父だけだろう。邪魔な相手を全て消す。恨みすら買わないほど根絶やしにする力と冷酷さ。そんなやり方で親父は一大組織を作った。
それでも命が繋がったのは親父の圧倒的な戦闘能力だ。
超人とまで言われた伝説の殺し屋。BIG-Kと呼ばれる男、それが俺の親父だ。
クナイトはその跡継ぎとして全く申し分ない。
知力、求心力、なにより親父を越えたとまで言われる戦闘能力。組織の後継者として文句を言う奴は誰もいない。
俺さえ生まれなければ。
まぁ今うちの家庭のごたごたを語る必要は無い。
俺は夕べの里森公園の後すぐに兄貴に連絡をつけていた。今回は代役なんて立てずに会ってくれと。その時点ではただ麻薬の一件にけりがついたと報告するためだった。しかし今は事情が変わった。
兄貴は快諾して出てきてくれた。会社は今瀬里奈がいるのでパークホテルを指定してきた。
パークホテルはこの街一番のリゾートホテルでサザエなんだか烏帽子なんだかに似た妙な形で海岸線にそびえている。海岸線は松の防風林が続いていて景色に変化が無いため、うちに帰ってくるときちょうどいい目印になる。
火事なんか起きるとは予想していなかったんで朝9時に約束してあった。寝てないが約束は絶対に守る男なので10分前には着いた。
ロビーの奥に銀髪の男が立っていた。やっぱり先に来てたか。
俺が入ってくるとすぐに気づいて手を上げた。思ったより柔らかい表情だ。
「いこう、部屋を取ってある」
長身180cm、広い肩幅、長い手足、たくましい胸板。見事な銀髪の下には人を射抜くような鋭い瞳が高い鼻と共に輝いている。
ジェニーと二人並んで歩けばトップモデルだと紹介しても誰も疑わない。いや逆にただの会社役員と言っても誰も信用しないほどの美男子。
それが俺の兄貴クナイト・バーンだ。
これほど目立つ男がよく殺し屋なんか出来る。
「ちょっと話するだけに部屋を?」
ここの宿泊代は一晩最低2万だ。
「なんなら一晩泊まっていってもいいぞ。女の子に囲まれているそうじゃないか」
やっぱり俺の動向を知っているか。さすが兄貴だ。
一人は牢屋、一人は泣いて寝込み、一人は元気だが手を出すと法律的にも倫理的にもまずい年齢だ。
無駄な話をしている時間は無い。俺達は高級ホテルの最上階に上がった。よりによって高い部屋を……
部屋の眺めは見事だ。窓からは海が180度パノラマで眺められる。何人の女がこの部屋で落とされたのだろう。こんな時じゃなきゃな。
応接セットに二人でかける。兄貴はタバコをやらないのですぐに話に入れる。俺から切り出した。
「護衛の二人は入れないのか?」
ロビーに入った瞬間に視線は感じていた。
「気がついたか、さすがだな。伊達に今まで生き残ってきたわけじゃないな」
兄貴は少し嬉しそうだった。
「教師がよかったからね」
「たしかに、な」
兄貴は少し暗い顔になった。俺から見れば松岡は親子ほど歳が離れていて完全に師弟だが、10も年上の兄貴から見れば松岡は兄貴分だ。俺より感慨深くもなるだろう。
「俺とお前の会話に部外者を入れる必要は無いだろう」
たしかに。一応兄弟だ。
俺は本題に入った。
「松岡の件だが確認したい。本当に俺の判断でけりをつけていいんだな」
兄弟ではなくビジネスマンとして話したので兄貴もそれに答えビジネス的に返答した。
「そういう契約だ」
「俺が親父なら俺に任せたりはしない。本当にいいのか?」
兄貴は今度は答えず頷いた。俺は状況を報告する。
「松岡はニチバと組んでこの街に麻薬をばら撒いている。俺も兄貴も止めなきゃならんだろ」
「証拠は?」
兄貴は眉一つ動かさなかった。
「ない。だが確信している」
藤代が死ぬ間際に口にした名、それは「松岡 仁」だった。
この時点では半信半疑だったが昨日逮捕された担任古谷も同じ事を言った。
もう一つある。北の倉庫でドーピング野郎に襲われた時。
ヤツは俺の動きを読んでいた。松岡ならできるだろう。
だが何と言っても確証的なのは。
「娘の瀬里奈だ」
クナイトは眉を動かした。
「あいつは麻薬の取引を目撃しそれを告発しようとしていた。それが今回の事件の起こりだ。だがどう考えても不自然だ。正義感の塊みたいな人間ならともかく瀬里奈は基本的には臆病な人間だ。危険を冒してまでそんな事をしようとする理由が無い」
「どう繋げる」
兄貴の目が狩人に変わっていた。
「目撃した取引の現場に松岡がいたんだと思う。麻薬取引をぶち壊し父親の蛮行を止めさせたかった。あいつならそうする」
「彼女に確認したのか?」
俺は首を振った。とても聞ける状態じゃなかった。なんて言ったらぶん殴られるかな。
「お前それで人を有罪に出来ると思うか」
返答不能。
「裁判なら確実に無罪だ。いや起訴にすらならない」
どこまでも感情のこもらない冷静な口調だった。親父に似てきた。いや…… 真似ているんだろう。
クナイトは立ち上がって海を見た。広い背中、絵になる。
兄貴は珍しく一息ついてから言った。
「…… だが、俺達の世界では有罪だ」
疑わしきは罰する。暗黒街の掟だ。
「情報が欲しい。兄貴も松岡が怪しいと思ってたんだろ」
クナイトはそのままの姿勢で答えた。
「松岡が管理していた組織の金が消えた」
「松岡が使い込み、有り得ない……」
作品名:便利屋BIG-GUN2 ピース学園 作家名:ろーたす・るとす