便利屋BIG-GUN 1 ルガーP08
「勝負はあたしの勝ちね」
唐突な発言に俺はピンと来なかった。俺は話のネタ的にダービーと有馬記念くらいしかギャンブルはやらないし、まして知り合いと賭け事はしない。
「できたわよ、あたし」
誇らしげに胸を張る。貼らなくても十分目立つ胸だが。
「レアな武器か防具か?」
「彼氏よ彼氏」
「嘘だ」と即座に否定する前に奴は懐のスマホを引き抜いて俺にかざした。世が世なら凄腕のガンマンになれたかもしれない。
スマホの待機画面は純朴そうな青年だった。少々頼りなさ気に見えるが人懐っこい笑顔が印象的だった。
「免許の手続きに来た時、声をかけられたのよ」
女はまた胸を張った。そりゃ話しかけるだろうよ、あんた受付嬢だろ。
その時俺は女の妄想と思ってスルーしていた。
次に会った時、女は浮き浮き顔で話しかけてきた。
「今度デートなのよ、何かプレゼントしたいんだけど何がいいかな」
まだ妄想が続いているのかと思い「はちみつでもあげれば」と言ったらボールペンを投げつけられた。暴力警官め。
「そいつは車は持っているのか」
「ちっちゃいけどね」
ちっちゃい車をばかにするな。俺のもかなり小さい。
「キーホルダーとかどうだ。彼女にもらった物を肌身離さず持ってられるってのは嬉しいもんだぞ」
「いいわねぇ、それ」
女は「はわぁぁぁ」と妄想の世界に行ってしまったので俺はその隙に逃げた。
数週間後、女は打って変わってため息をついていた。無視して通り過ぎようとしたが首根っこを掴まれた。
「彼が手も握ってくれないのよ」
彼氏じゃないんじゃないか? と振り切ろうとしたが涙目で相談に乗れと喚くので付き合ってやった。そういうのは三郎の分野なんだが。
「手を握りたいならアンタから握ればいいじゃないか」
「そんな事して嫌われない?」
見た事も無いしおらしい表情だった。ふむ…… 本気なのか。
「本当にそいつが好きでの事なら大丈夫だ」
数日後にこやかに腕を組んだデート写真を見せ付けられた。
それから週末の度、ネズミマーク入りのペナントやらタワーの置物だの俺の部屋にいらないものが増えた。デートの土産だそうだ。
はいはい、もういいよ。楽しくやってくれ。
また何週間か後、俺はニュースで「彼氏」が殺害された事を知った。
数日後ある店に呼び出された。彼女が「客」として主人から紹介された。
「その日」彼はデートに遅れる事を連絡してきたそうだ。
社長に大事な取引を任された。今日は遅くなると電話して来た。申し訳なさそうだったが期待していると言ってもらったと、彼は興奮気味だった。
そして取引に出向き彼は帰ってこなかった。
何者かに銃撃され即死したそうだ。
警察は通り魔、強盗の線で捜査を続けていたが何故か圧力がかかり進展していない。
淡々と語る女の表情は凍り付いていた。
うつろな目つき、青ざめた頬。
この女がそういう表情をするのを見たのは初めてだが、こういう語り方をする「客」はうちでは珍しくない。
「それで俺にどうしろと、慰めて欲しいのか?」
女は冷たく言った。
「仇をとって」
「そんなバカな」
コーツはわめいた。
「そんなバカな女のちっぽけな恨みで私を殺しにきたのか!」
俺は笑った。
「…… そう…… さ。俺は…… そういう…… バカな男さ」
俺の全身が震えていた。
いつもそうだった。頭の中は冷静であるのに体だけは「恐怖」で打ち震える。
「仕事」の直前は。
震えのあまりグロックが手から滑り落ちた。足の長い絨毯の上にゴトリと落ちる。
コーツはジュンを放り出してグロックに飛びついた。震える足でなんとか銃を蹴り飛ばす。コーツは今度は俺の脚にしがみついてきた。通常ならそんな真似はさせないんだが、震えは俺の自由を大いに奪っていた。バランスを崩して組み伏せられた。奴は俺の胸のナイフに気づいた。奪い取ろうと掴みかかる。
その時ジュンが動いた。さっき撃ち落としたコーツの銃に取り付き構えた。
よせ、撃つな。
俺は右手でコーツの手首を取ると捻りあげた。簡単なサブミッションだがど素人には効果がある。
コーツは悲鳴を上げて力を弱めた。俺は何とか奴を跳ね飛ばしジュンが撃たない様、奴との間に割って入った。
震えを止める方法はある。簡単だ。
俺はガタつく右手をなんとかショルダーホルスターに持っていった。
そこには俺がもっとも使い込んだ銃がある。
親父が俺にくれた最初の銃。最初のおもちゃ。
気合一線、銃を抜く。
冷たい鋼鉄の感触。慣れ親しんだ重さ。
細かいチェッカーの入った木製のグリップは手の平に吸い付くようになじむ。
上部の丸いレバーに指をかけ引っ張る。滑らかにスライドは後退し半分に折れた。この銃の最大の特徴「トグルジョイント」だ。指を離すと尺取虫状に折れていたトグルジョイントは前進し弾倉内の弾丸をくわえ込み薬室に収めてチンっという金属音と共に元の位置に戻った。
発射準備が整った。世界一優美な人殺しの道具。
ルガーP08。
俺がジュンの父親を殺した銃の。
俺の震えは完全に止まっていた。
「この銃でお前の商売相手も殺した」
「ローランドか?!」
ジュンがびくりとしたのが背中越しに感じられた。
「お前の名前を公表しなかったのは「仕事」の邪魔をされたくなかったからだ」
声も正しく発声できるようになっていた。
「お前まで公開したら警察やらマスコミやらが押しかけて「仕事」どころじゃなくなるからな」
俺は丸腰で床に腰を落とした中年政治家にスマートな拳銃を突きつけた。
今度はコーツが恐怖に震える番だった。
「お前は…… いったい何者なんだ?!」
俺がなんと答えるかジュンはわかっていただろう。今あいつはどんな顔で俺を見ているんだろう。奴の手の銃は今度は俺に向けられるのかもな。
まあいいさ。
俺ははっきりと答えた。
「ただの悪党だ」
ルガーP08が唸った。弾丸は音速を超えて目標を貫き、トグルジョイントがはじき出した薬きょうは弧を描いて俺の頭上を越え、俺とジュンの間に落ちた。
エピローグ
「ねぇねぇ、その後ジュンちゃんとはどうなの?」
暇で巨乳な受付嬢は俺の会社の事務所でゲームしながら気だるそうに話しかけてきた。
「どうも?」
「なにやってんのよー、あんな子なかなかいないわよ?ほい、ペイント」
「確かに…… ほい、罠仕掛けた」
俺も付き合ってゲームしているので人のことは言えない。つまみのみこしやのたこ焼きがほんのりといい香りを漂わせている。
コールマンは息がありシェリフに逮捕され色々とぶちまけた。俺達の事もある事ない事わめいたようだが我々はガード対象者を救出に行っただけなので特にお咎め無しだ。警察への報告が遅れたのについてはこっぴどく怒鳴られたがガード対象者を誘拐されたとあっては会社の信用問題だったからという事でごまかした。
巨悪と街の人気者の言う事である。
どっちを世間が信用するかは言うまでもない。
市長は再選し人格改善セミナーの規制条例作成に着手した。自分に火の粉が降りかかると本当に政治家とはすばやく動くものだ。恐らく国会も似た法律を作るだろう。
作品名:便利屋BIG-GUN 1 ルガーP08 作家名:ろーたす・るとす