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剣(つるぎ)の名を持つ男 -拝み屋 葵【外伝】-

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●2.Ham Actor (大根役者)


 二十時を告げる鐘が鳴り響いた。
 クローディアは、佐佑との約束である天文台広場に来ていた。
 肩を露出させたホルタートップのドレスに身を包み、一つに纏めたブラウンの髪を左側に垂らしている彼女は、場違いなまでの美しさを放っている。
 勿論、屋外で待っている今は黒のストールを巻いて肩を覆い隠しているが、それでも場違いなことに変わりは無かった。
「あのバカ。自分で時間を決めておいて遅刻するなんて」
 燃えるような赤い紅が引かれた唇の端が、三ミリほど攣り上がる。
 日本の男は、女を待たせるものなのだろうか。
 日本の女性は、遅れてきた男に対してどのような対応をするのだろうか。噂に聞く大和撫子は、何をされても笑顔で返すらしいけれど、自分にはとてもできそうにない。
 クローディアは、まだ見ぬ極東の島国での生活を思い描いていた。
「わりぃ、待ったか?」
 間の抜けた声が、クローディアを現実に引き戻す。
 タキシードに身を包んだ佐佑が、緩い笑みを浮かべて立っていた。
「“待ったか?”じゃないわ。遅刻してくるなんて、いい度胸ね」
 佐佑はクローディアの剣幕に一瞬たじろいだが、次の瞬間には飄々とした顔で口を開く。
「“ゴメン、待った?”、“ううん、今きたトコ”という会話は、日本の乙女なら誰でも憧れるものなんだぞ」
「オー! ヤマトナデシコ!」
 クローディアは日本語で声を上げた。
 佐佑は、大和撫子という予想外の単語が飛び出したことに面食らいつつも、クローディアを車へとエスコートする。
 満点に近しい佐佑の紳士的な振る舞いに、クローディアの機嫌も幾らか直る。勿論、褒めることも忘れない。嫌味にならぬよう、褒めすぎにならぬよう、細心の注意を払って褒めちぎる。それは佐佑が危険を察知したときのお得意のフォローだったが、分かっていても悪い気はしない。
「アレはアレ、コレはコレ、よね?」
「ど、どういう意味かな?」
 さっきまで女神の笑みに見えていたものは、魔神の笑みへとその意味を変える。
「遅刻した罰はしっかりと受けてもらうわよ」
「ど、どうやって?」
 佐佑の額をタラリと汗が流れる。
 クローディアは、吐息が届くほどに唇を近づけ、佐佑の耳にそっと囁く。
「……今夜は眠らせないんだから」
「わっ! お前、何を言って!」
 あたふたと赤面する姿をクスクスと笑いながら、助手席のシートに身体を戻す。クローディアは、時々見せる佐佑のウブな一面、子供のような一面が好きだった。

 イギリス人男性のほとんどが、二面性を持っていると言われている。紳士的な表の顔に隠された、黒い裏の顔。
 クローディアが知る男性のほとんどが、そんな黒い裏の顔を隠し持っていた。それは野心であったり、残忍さであったりと様々だ。
 裏の顔を隠し持つことに異論はない。隠された一面とは、男の魅力の一つでもある。隠された裏の顔が意外であればあるほど、その魅力も増すのだ。何の魅力も感じられない裏の顔とは、つまり隠されたものではなく、裏の顔ですらない。
 クローディアは、まだ仄かに赤みを残す佐佑の横顔を盗み見た。
 植物を愛し、紅茶を嗜み、読書家で、子供が好きで、どちらかと言えば犬派。朝が苦手で、夜中は寝言を言う。日々の鍛錬は怠らないが、毎朝のヒゲ剃りは面倒だと愚痴る。体型に見合わない大食漢で、美食家とまでは言わないが、味にはうるさい。自身も料理をし、その腕前はプロ級。涙脆く、オールナイトで上映しているような、B級にもならない映画で号泣したりする。
 出会ったのは一年前。付き合い始めたのはその三ヵ月後。
 多くを知っているようで、知らないことが圧倒的に多い。黒い瞳の奥には、まだ知らない裏の顔が潜んでいるに違いない。
「どうした?」
 クローディアの視線に気付いた佐佑は、何気ない様子で問い掛ける。既に顔の赤みは抜け切っていた。
「サユウの裏の顔、知りたい」
「きっと後悔するぞ」
 視線を正面に戻した佐佑は、グッとアクセルを踏み込む。
「それでもいいわ」
 景色の流れる速度が上がる。
「裏の顔なんて、何もないさ」
 そう言って微笑む佐佑の裏側に、間違いなく何かが潜んでいる気配を感じるのだが、クローディアはそれ以上追求したりはしない。
 景色を眺める振りをして、窓ガラスに映った佐佑を見る。その姿は瞬きしている間に消えてしまうのではないかと思うほどに弱々しい。
 胸を締め付ける感情の正体に気付けないほど幼くはない。しかし、気付けないほど幼い方が幸せなときだってある。
 最初は東洋人への興味でしかなかった。それがこんなに本気になってしまうなんて、思ってもみなかった。
 今は素直に受け入れようと決め、クローディアはそっと目を閉じた。