小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

剣(つるぎ)の名を持つ男 -拝み屋 葵【外伝】-

INDEX|53ページ/59ページ|

次のページ前のページ
 
 *  *  *

 佐佑とソフィアは、再び軍施設までやってきた。
 間近で見上げる近代高層ビルは、中と外との差を明確に知らしめる。内部の人間は、いつだって地べたを歩く人間を見下ろしているのだ。
 ただでさえ一般人は入ることが許されない軍の関連施設。建築全体が余所者を排斥しようとする空気を纏い、偽りの威厳を振り撒く。

「間違いなく、いるわね」
 ソフィアは、無数に連なった窓の、遙か上方にある一つに向けて視線を飛ばした。怒りか、悲しみか、多種多様の感情が入り乱れ、代わる代わる瞳を染める。
 だが、その光に迷いは無い。
「準備万端ってところだな」
 佐佑は、施設の内部に潜む強力な魔の気配を感じ取っていた。
「遠慮もしないし、情けもかけない」
「そうだな。あまり待たせるのも悪い。さっさと行くとしよう」
「紅茶が冷める前に?」
 横目に佐佑を見上げるソフィア。
「アイスは解けてしまうかもな」
 横目にその視線に応じる佐佑。
 二人は、正面入口から堂々と足を踏み入れた。

 ビルの中は、静まり返っていた。
 人の姿が全く見えない。受付嬢も、職員も、警備員も、誰一人としていない。
「好都合だけど、心配ね」
「施設内のどこかに集められているのだろうな。地下だろうが」
「どうするの?」
 既に一般市民に被害が出ている。被害ゼロを最優先する理由はない。ましてや軍関係者、一般市民を守るのは当然のことだ。故に、佐佑の答えは一つとなる。
「放っておく」
「そう言うと思ったわ。罠が仕掛けられていなかったから、時間がないはず」
「入口の罠は一度使った手だからな。こちらも警戒する。解除されてしまう罠を設置する余裕などないということだな」
「お婆さまには、ビルの人間に構う時間的余裕もない」
「裏を返せば、“上”で何かをやっているということだ」
「急ぎましょう」

 ビルの一階部分は、広いロビーになっている。
 ビルに入ってすぐに敷居が敷かれており、身分照会を経て金属探知のゲートをくぐることでロビーに到達できる。
 今は身分照会を行う係員も、進入を阻む警備員もいない。
 ゲーの脇をすり抜けて進むと、細長い通路に差し掛かる。
 内部を訪れる者が必ず通ることになるこの通路は、道幅五メートル、高さ三メートル、長さ十メートル。途中に設置された数台の監視カメラで通行者を見張る。
 今、そのカメラの向こうには誰もいない。
 通路の入口に差し掛かった二人は、同時に足を止めた。通路の中ほどに、胸の前で腕を組み仁王立ちする男の影が視界に映ったからだ。
「なるほど」
 佐佑は独りごちた。その声質には、興味は無いが、という本音が見え隠れしている。
「お前たちはここを通ることはできない」
 仁王立ちする男は、自信たっぷりに言い放つ。
「なぜならば、俺に勝つことはできないからだ!」
 佐佑は、まためんどくさそうな相手が出てきた、と苦笑する。
「自信がおありのご様子ですけれど」
 ソフィアが一歩前に進み出る。
 こういう自信たっぷりの相手を正面から捻り潰すのが、ソフィアの信条だ。頭ではそれではいけないと分かっていても、そう簡単には変われるものではない。
「その鼻っ柱、ワタクシがへし折って差し上げますわ!」
「まずはお嬢ちゃんが相手。いいぜ、かかってきな“St.Sophia”」
 両の拳を顔の前で軽く握り、脇を締め、踵を上げる。ひと目で分かるボクシングスタイル。それを証明するように、拳にはバンテージが巻かれている。
「ソフィア」
「なによ」
「やめておけ。俺がやる」
 ソフィアは顔をしかめて佐佑を振り返った。
「私が負けるとでも?」
 ソフィアの不満に染まった抗議を、佐佑はいつも如く受け流す。
「“St.Sophia”と知ってのあの自信だ。アイツはアホウかもしれんが、リンダはそうじゃない。何か配置されている理由がある」
「私たちに対する切り札ってこと? アイツが?」
 ソフィアは通路中央に陣取った男を見る。
「確かに多少の魔力は感じるけど、私たちを止められるとは思えない」
「そうだな。俺を止めることはできない」
「私だけ勝てないみたいじゃない」
「そうだな。恐らくアイツの能力は、魔法の無効化。“絶対魔法防御”ってやつだ」
 絶対魔法防御。魔力そのものを無効化する、まさに絶対の防御法。一定の空間内における魔力の作用をすべて無効化する。ただし、使い手本人も無効化の対象となるため、あらゆる魔法が作用しなくなる。
 魔力を無効化されたソフィアは、文字通りに子供でしかない。正面から挑むしかない狭い通路では、格闘技に長けた大人の男に勝てる道理は無い。
「それが本当なら……」
 ソフィアは言葉を濁す。
 魔法による突破が不可能であれば、物理的手段で突破するしかない。つまり、正面からの殴り合いで打ち倒すしかないことになる。だが、ソフィアは非力な少女でしかなく、佐佑は左手が使えない。
「おいおい、こねぇのか? それとも“Gladious”が相手か? どっちでもいいぜ?」
「半径五メートルだな」
 佐佑は、通路の床と天井の端にあたる辺に植物の蔓を伸ばすことで、無効化される範囲を調べた。勿論、蔓の存在は相手には知られていない。
 兎にも角にも半径五メートル。それが絶対魔法防御の範囲。通路に一歩踏み込めば、そこは魔力が無効化されてしまう空間だ。
 佐佑の声に、ソフィアは反射的に退いた。
「床や天井を打ち砕く、というのが一つのセオリーだが……」
 佐佑はその材質を見極めんとして、通路の天井を見上げた。
「無理ね」
 そう結論付けたのは、ソフィアであった。
「こねぇならこっちから行くぜ!」
 相手の声に反応して、佐佑が一歩前に踏み出した。そして、右腕一本で迎え撃つ気合を見せる。
 相手の突進は止まらない。佐佑の右腕を制するように左腕を伸ばし、いきなり渾身の一撃を決めるつもりだ。
 あと三歩。突進して来る相手がいよいよという距離にまで迫った瞬間、佐佑は口の端を歪めて笑った。
「お前がアホウで助かった」
 佐佑は右腕を自身の後腰に回し、拳銃を抜いた。
 間髪いれずに放たれた銃弾は、左足の太腿に命中した。続けざまに、次は右足の太腿にむけて発砲する。
「殺人許可証はないんでな。抵抗できない相手にこれ以上のことはできんのだが……」
 佐佑はそこで一端言葉を切り、間を置いて再び口を開く。
「死にたければ叶えてやる。どうする?」
 答え代わりに、魔法防御の結界が解かれた。
 たちまち植物の蔓が伸び、身動きが取れないように緊縛する。
「応急処置ぐらいはしておいてやる」
「……ああああぁああ!!」
 激痛を訴える叫びが途切れたあとには、カツンカツンと二度の金属音が響いた。
 両足に打ち込んだ銃弾を、強引に抜き取ったのだ。その際に走る痛みは、脳が意識を遮断するほどの激痛だ。
「サディスト」
 ソフィアは、意識を失い地に伏した男を見やりながら、ぼそりと呟いた。