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剣(つるぎ)の名を持つ男 -拝み屋 葵【外伝】-

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●10.Checkmate (決着の刻)


「これで、“チェックメイト”です」
「うむ」
 CMU本部に戻った佐佑は、室長とのチェスの“続き”を打たされていた。その傍らには、興味深げに盤上を覗き込むソフィアの姿もある。
「屈辱ですね」
「そうかね」
「自分が負けると分かっている手合いを、投了させず最後まで打たせるなど……」
 中級以上の打ち手同士の場合、チェックメイトまで打つことはあまりない。途中で負けを悟り、リザイン《投了》するからだ。しかし、チェスには引き分けが存在するため、相手がそれを狙うと、チェックメイトまで打つ破目になることがある。
「勝負は最後まで分からないものだ」
 室長はチェス盤の前を離れ、豪奢なデスクに戻った。
 開いたその席に、ソフィアが飛びつくようにして座る。
「私が勝負を偽るとでも?」
「キミはそれができる男だよ。勝利のために、ね」
 室長は、意味ありげに笑った。
 リンダの居場所は、ソフィアも知らなかった。正確には、分からなくなっていた。
 霧魔の襲撃を受けたあの夜、ソフィアはすぐさまリンダがいると思われる場所に向かったのだが、既に蛻の殻であったのだ。
 手掛かりを求めてCMU本部に戻ったところ、室長から、チェスの“続き”を条件に情報を渡す、と言われ、たった今その“続き”が終わったところだ。
 しかしソフィアは、そんな目的も忘れ、次は自分の番だと主張していた。
 そして佐佑も、嫌がる素振りを見せずにそれに応じた。
「駒の動きは見て覚えたわ。特殊ルールがあったら教えて」
 駒を並べ終えたソフィアは、目を爛爛と輝かせて言った。
「初めてなのか?」
「悪い?」
 ソフィアは、あっけらかんと言い放つ。
「優しく手解きしてやろうか?」
「やめてよ、気持ち悪い」
「じゃあ、手加減なしだ」
 佐佑は盤を回転させて、駒の白黒を入れ替えた。
 白が先手、黒が後手。その決まりは外せない。

 今回の騒動において標的とされたのは、佐佑とソフィア、そしてクローディア。その三人の中で、リンダが欲しているのはソフィアとクローディアの二人。ソフィアはその絶大な魔力と身体を、クローディアは魂に宿る“不老”を、それぞれ狙われていた。
 リンダの狙いは、“不老”を得た後、借体形成の術によってソフィアの身体を手に入れることにあった。リンダにとって、佐佑は不要のもの、ただの障害でしかない。しかし、佐佑を巻き込まざるを得なかった。それには、協力者の意向が関係している。
 草薙佐佑が持つ秘術は、戦った相手の記憶を消す記憶消去の術によって完璧に守られ、秘匿されている。それゆえに、多くの者がその秘密を欲していた。炎術士イングウェイ・マーカスもその一人だ。
 佐佑の秘術が解明されることは、リンダには歓迎できることではなかった。多くの脅威生むことになるからだ。
 不老は不死ではない。身体が多少傷ついた程度であれば、借体形成の術で他の身体に移ることもできる。しかし、その借体形成の術も完璧ではなく、どこの誰にでも移れるわけではない。だからこそ、移ることができるソフィアの身体を必要としている。

「チェックメイトだ」
 佐佑の駒が、ソフィアのキングを追い詰めた。チェスの試合はこれで終わりだ。
「も、もう一回よ!」
 ソフィアは返事を待たずに駒を並べ始めた。
「受けて立とう」
「キミほど非情になれる男は、そうはいない」
 二人のやりとりを眺めていた室長が、横槍を入れる。
「さて、なんのことでしょう?」
 とぼける佐佑を、ほら早く、とソフィアが急かした。

 リンダが狙うのは、ソフィアとクローディアの二人。
 ソフィアはリンダに匹敵する戦闘能力を持っているが、一方のクローディアは格闘訓練を受けているものの、その戦闘能力は到底リンダに太刀打ちできるものではない。そんな状況であれば、誰しもがクローディアを“守る”という選択をするだろう。
 だがこうして、佐佑はソフィアと行動を共にしている。
 軍施設のクローディアを守っているのは、生身の人間だ。銃で武装したとしても、リンダに対しては無力であり、リンダがクローディアを連れ出すのは容易なこととなる。
 クローディアを見捨てたのではない。クローディアを囮に使い、リンダをおびき出す。
 それこそが佐佑の狙いだ。
 佐佑とソフィアが共に行動していれば、“the Witch”であっても分が悪い戦いを強いられる。それはつまり、佐佑、ソフィア、クローディアの三人が共に行動してさえいれば、リンダは一切手出しができないということになる。――だが、それは勝利ではない。
 リンダの味方は残り少ない。英国内において最大の協力者であったゼネッティ将軍は、既にリンダの味方ではなくなっている。この先、リンダは地下に潜伏し、逃げ回らなければならない。リンダに対して武装した兵士が無力であるのは、リンダが攻めに回っている場合に限ってのこと。眠っているところを襲撃されれば、その限りではない。強力な結界で身を守ることはできるが、それでは潜伏場所を突き止められてしまう。
 リンダは攻めるしかない。逃亡生活など、彼女のプライドが決して許さない。
 事態は、チェックメイトまで残りあと数手、というところまで来ている。
 これがチェスならば、とっくにリザインしていてもおかしくない局面だ。

 軍施設に何者かが侵入したという報せが届いたのは、佐佑とソフィアの六度目となる決着の直前だった。
「行くのね」
「無論だ」
 二人は、申し合わせたように立ち上がった。
「こんなことを言うのはどうかと思うが」
 室長は、デスクに肘を突き、顔の前で指を組んだ姿勢のままで、順に二人を見た。
「人は、駒ではないよ」
 チェスでは、後からマスに侵入した駒が必ず勝つ。だが、現実世界においては必ずしもそうではないことなど、改めて口にするのも痴がましい。
 勝敗の行方はまだ分からない。
 クローディアを手中に収めたリンダは、佐佑に揺さぶりを掛けるだろう。
 加えて、佐佑は左腕が使えないという不安要素もある。リンダが奥の手を隠し持っている可能性だって、十二分にあるのだ。
 しかし、ただ一つだけ判明していることがある。
 それは、この先で待ち構えている未来の名前。

 佐佑は自身の駒の一つ、馬の首を模った駒を掴み、それを進めた。
「チェックメイト《決着の刻》だ」