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剣(つるぎ)の名を持つ男 -拝み屋 葵【外伝】-

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 *  *  *

 列車は、十五分遅れでキングス・クロスに到着した。英国では、五分や十分や十五分の遅れは当たり前の出来事だ。
 駅のホームは霧に包まれている。
 人の熱や動きがあるおかげで、濃霧には至っていないが、ホームから伸びた線路の先は見えず、頭上で光る電灯の明かりも微かにぼやけていた。
「寒いわね」
 ソフィアは、肩に羽織ったブランケットの上から腕を擦った。
 六月と言えども平均気温は十四度強で、昼と夜との温度差は激しい。
「さて、どうするかな」
「やっぱり、何も考えてなかったのね」
 ロンドンを包む霧は、霧魔ミラビリスの一部。例えるならば、張り巡らされた蜘蛛の糸。
 ソフィアは勿論のこと、リンダに直接会った佐佑も、気配を覚えられている。人込みに紛れている間は誤魔化せるが、駅の構内から外に出れば、一瞬のうちに捕捉されてしまう。
「だから、今こうやって考えている」
「凍える前に終わらせてね」
 佐佑が頭を悩ませているのは、戦う場所についてだ。
 正直なところ、捕捉されたとて構いはしない。捕捉された瞬間、つまり、相手がこちらの存在を認識した瞬間は、両者の意識が繋がり、互いに互いを認識しあうことになるため、相手の所在を探る大きな手掛かりとなる。
 両者がそれぞれ別の人込みに紛れていたとしても、互いの目が合えば、互いを認識するのと同じことだ。
 何らかの情報が手元にあれば、追跡の精度は格段に上がる。
 相手が逃走を選択した場合はそれでいい。問題は、相手が実力行使に踏み切った場合だ。街中での戦闘は、はっきりって分が悪い。どれだけ建物が壊れようが知ったことではないが、巻き添えになる一般人の存在は、嫌が応にも集中を奪う。
「追うにしろ、誘導するにしろ、車が欲しいな。とはいえ、この霧。本部に連絡しても迎えは望めないか」
「じゃあ、ヒッチハイクでもしてみる? 私目当ての紳士が乗せてくれるかも」
 寒くてたまらない様子のソフィアは、いつまでも結論を出せない佐佑に向けて、たっぷりの皮肉を込めて言った。しかし佐佑は、ソフィアが期待していたものとは真逆の反応を示す。
「それだ」
 佐佑は、最高の閃きを得た、とばかりの顔で、ぐっと親指を立てた。
「説明してもらえるんでしょうね?」
「勿論だとも。まずは“秘密の部屋にご案内”といこうか」
 佐佑は、四番線と五番線の間にあるレンガ調の壁を指差した。

 *  *  *

 キングス・クロス駅は、ロンドン地下鉄の主要駅であるセント・パンクラス駅と隣接している。ここから南へ向かえば、ソフィアと佐佑が出会った大英博物館がある。勿論、博物館までは相応の距離があり、肌寒い夜中に好き好んで歩くような距離ではない。
 ソフィアは、その大英博物館までの距離を、一人で歩いていた。佐佑の姿は右脇にあるが、それは佐佑の姿を模した式神だ。寒さから気を逸らすための話し相手にもならない。
 ソフィアが一人で行動していれば、どうやっても佐佑の行方を探すだろう。ソフィアが連れている佐佑の姿を模した式神は、別行動中の佐佑から注意を逸らすためのダミーだ。勿論、髪の毛を使って、佐佑と同じ気配を発するように作ってある。
 ソフィアは唇を尖らせる。その意味するものは、不満の二文字だ。
 自分を囮に使うこともそう。頼りにされていないこともそう。だが、何よりも気に食わないのは、一人にされたことだ。それ以外のことならば、概ね我慢できる自信はあった。裏方に徹してもいいし、指を咥えて見ていろと言われたら、大人しくそうした。一緒に行動する限りは、だ。
 協力して戦えばいいじゃないか。二人で戦えばそれだけ勝率も上がる。ソフィアはそう思う。
 力不足で足手纏いならばまだしも、自分は人類最高の力を持っているのに、なぜその能力を利用して戦わないのか。ソフィアにはそれが分からない。
 佐佑の戦い方は、自分とは種類が違う。たとえ同じであったとしても、成長していない身体では、同じ戦い方はできない。けれども、戦いを見ることで得られるものは大きい。
 それらすべての理由は後付けだ。
 離れたくないのに。一緒にいたいのに。
 これが不満の原因。ただ、ソフィア自身は気が付いていない。大人に成り掛けている子供は、みんなそうだ。そうしていつか、自分の感情を素直に外に出せなくなっていく。
「随分と不満そうだな」
 姿無き声が、無関心に声を掛ける。
 ソフィアはそれを無視した。
「気持ちは分からなくもないが、肩を並べて歩くことが一番とは限らない」
「意味が分からないわ。それより、いつまで歩けばいいのかしら」
 ソフィアは足を止めて、佐佑のダミーを見上げる。
 佐佑のダミーは、ソフィアに合わせて進むだけの低級式神だ。小動物に力を与えて使役する“使い魔”よりも下級となる。上級の式神は意思や知恵を持つが、それらは造り出すのではなく、もともと力を持った魔性と契約を結ぶことによって使役する。
 リンダとスコットが行った造魔の法とは根本から異なる。
「それにしても良く似てるわね。クサナギってばナルシストなのかしら?」
 ソフィアはまじまじと観察した。
「戦いに身を置く者には必要なことだ」
「そういうものかしら?」
「あまり長く立ち止まると、怪しまれるぞ」
 立ち止まった佐佑のダミーは、直立不動の状態だ。ひと目でおかしいと思う。
「そうね」
 ソフィアが歩き始めると、一歩遅れて佐佑のダミーも歩き始めた。
 同時に、周囲を包む霧の雰囲気が変わる。
「あら? 手遅れかしら?」
 しかし、ソフィアに悪びれた様子は微塵もなく。
「そうではないらしい。どうやら相手はこちらの存在など歯牙にもかけていなかったようだ」
 霧の妖気に力が宿る。例えるならそれは、眠っていた獣が目を覚ましたようなもの。
「これって……」
 ソフィアは言葉を失う。
「なんということを」
 姿無き声もまた、同じく言葉を失った。
 一つだけ、霧から伝わってくる感情があった。
「だからお婆さまは、私をロンドンから離れさせたかったのね」
 それは飢餓。
「ヤツはロンドンの人間を喰う気だ」
「防ぐ方法はないの?」
「霧はロンドン中を覆っている。既に胃袋の中にいるようなものだ。抵抗力の弱い者から順に喰われる」
 ロンドンから脱出しようと家の外に出れば、霧の餌食となる。回避するには家の中で火を焚いて閉じ籠っているしかない。ロンドン中の人間がそれを実行できるわけも無く、実行できたとしても、その被害は計り知れない。
「合図があるまでは、絶対に手を出すなと言われているけれど……」
 ソフィアは頭上の霧を睨んだ。