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剣(つるぎ)の名を持つ男 -拝み屋 葵【外伝】-

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 *  *  *

 大の字に仰向けになった佐佑は、月の無い夜空にその四肢を晒していた。
「庭木にホーンビームはあるかな?」
 張りを失ったその声は、息も絶え絶えといった印象だ。
 ホーンビームは、欧州(主にイタリア)の庭園において生垣として利用されるクマシデ科の植物だ。薪の材料としても使われている。
「あるわよ」
 すぐ傍で佐佑を見下ろすソフィアは、実に素っ気ない答えを返した。
 広大な敷地を持つ屋敷の前庭は、手入れの行き届いた生垣と芝とで見事に飾られていたが、その姿を照らすものが存在しない闇夜においては主役の座を譲らざるを得ない。
「あとで案内してくれ」
 佐佑は呼吸こそ乱れていないものの、辛そうに目を閉じていた。
 ソフィアは、拒否する理由も無いので返事をせずにおいた。
「思ったより手強かったけど、何者なのかしら?」
 思わず問い掛けるように呟いてしまったソフィアは、後悔と共に視線を夜空に逃がした。
「SASの対テロ部隊だろうな」
 喋っている方が気が紛れて楽なのか、ソフィアの心配を余所に佐佑は喋り続けた。
「奴らは防刃装備をしていた。明らかに俺への対策だ」
「あら、人気者ね。妬けちゃうわ」
 ソフィアは髪を揺らす風に含まれた煙の匂いに眉をひそめる。
「周到な対策をしておきながら、たった八人とはな」
「SASって陸軍の特殊部隊よね?」
 ソフィアは開き直って質問を投げる。
「あぁ、世界最強の特殊部隊だ。どいつもこいつも近接格闘に長じた野郎ばかりで……面倒なことこの上ない」
 含んだ物言いは、以前にも何かがあったことを窺わせた。
「世界最強、ね」
 それを八人も相手にして無事だったあなたは化け物ね、と続けそうになった言葉を飲み込む。
「隊員の一人一人が世界最強ってわけじゃない。強いのもいれば、そうでないのもいる」
 確かにそうよね、とソフィアは頷く。だが、それとは別に合点がいかないこともあった。
「私の魔術もあまり効いてないみたいだった」
 襲撃者の狙いが足止めと消耗にあるのならば、それに付き合う必要はない。
 そう考えたソフィアは、自分と佐佑に残された余力と、撃退に費やす労力とを考慮した上で、自分がより多くの相手をすることを提案した。麻酔で眠らせるのと、締め上げて落とすのとでは、どちらが消耗するかということだ。
 加えて、ソフィアは襲撃者の正確な位置を把握していた。自分の住む家の庭なのだから、異物の存在は認識可能だ。そして、佐佑と違って“飛び道具”を得意としているのだから、発射する一瞬の時間で終わるはずだった。
 まず、佐佑が勝手口を開け放って飛び出す。
 次に、ソフィアが屋内から発射する。
 ソフィアの目論見では、たったこれだけで終わるはずだったのだ。そして、“八人”全員に命中させた。その手応えもあった。だが――
「血族ならば、特化した防護を施すこともできるだろうさ」
「お婆さまが?」
「組み方を変えておくんだな」
 組み方というのは、例えるなら数学で解を求める途中の計算式のようなものだ。これは顕著に特徴が出るもので、いわゆる魔力の変換や増幅の効率とその速度に密接に関わってくる。これを“解析”または“逆算”することで、無効化したり効果をそのまま相手に反射することが可能となる。
「最高は最良とは限らない、ということね」
 ソフィアが視線を佐佑に戻すと、丁度立ち上がったところであった。
「もういいの?」
「星を眺めるのも嫌いじゃないが、やはり緑の方がいい」
 佐佑は笑って見せたが、その笑顔にはまるで精気が感じられなかった。
 見兼ねたソフィアは、寄り添って肩を貸した。身長差があるために、その効果の程は疑わしいが、その行動はソフィアなりの感謝であり誠意であった。
「なんだ? 俺には“そういう趣味”は無いぞ」
「素直にありがとうと言えないの?」
「まさか、素直に、なんて言葉を聞かされるとはな」
 ホーンビームの前に辿り着いた佐佑は、目を閉じて手の平を向け、ぼそぼそと何事かを呟いた。
 日本語であったために、ソフィアには聞き取ることはできなかったが、何をやっているのかはすぐに理解できた。蒼白であった佐佑の肌に、みるみる生気が戻っていったからだ。
 仄かな光を放つ球体が幾つも現れ、佐佑の身体に溶け込んでいく――などというようなことはなく、傍から見れば何も起きていない。
 だがソフィアは、ホーンビームの枝葉から流れ出ている何らかのエネルギーが、佐佑の体力と精気を回復させていることを感じていた。
「何でもありなのね」
 ソフィアは呆れ返る。車のように給油するだけで体力が回復できる人間など、聞いたことがない。ましてや、それが目の前で行われたのだから。
「これで補充できるのは、半分ちょっと、六分程度でしかない」
 佐佑の表情に残る疲労の色が、その言葉に嘘偽りなし、と告げていた。

 *  *  *

「“炎を禁ず 急々如律令”」
 黒煙を立ち上らせる愛車に向かい、人差し指と中指を揃えた右手で五芒を切る。……が黒煙の勢いは止まらず、全く衰える気配を見せなかった。
 そして佐佑は、拗ねたように口をへの字に曲げた。
「どうしたの?」
 ソフィアは目を丸くして驚いていた。
 行き場を失った佐佑の右手は、その場に四分の四拍子を刻み始めた。
「ほら、な」
「何よ?」
 ソフィアは佐佑の顔を覗き込む。
「さっき俺に、何でもあり、と言ったが、そうではないことが証明された」
 くるり、と体の向きを変えた佐佑は、ソフィアに向かってお手上げのポーズをとった。
「??」
 佐佑が言わんとしていることを読み取れなかったソフィアは、無言で小首を傾げる。
「恐らくはロケットランチャーを使ったのだろう。この車の爆破には、魔術も魔法も一切関与していない。だから俺には干渉できないんだ」
「お婆さまには可能だったけれど?」
「同じ“the Witch”であっても、そもそもの体系が違う。それとも、キミのお婆さまも俺みたいに“蜜を吸う”のか?」
「まさか」
 ソフィアは一笑に伏した。しかし、否定こそしてみたものの、それがリンダには不可能であるという確証を持っていたわけでもなかった。
 そして、まさか、と同じ言葉を違う意味で使った。
「単独で対峙するつもりなら、留意しておくことだ」
 自分に不可能なことが相手にとっても不可能であるとは限らず、自分に可能なことは相手にとっても可能である。佐佑が言わんとしているのはそういうことだ。
 ソフィアは返事の代わりに車から火の気を消し去った。造作も無い、とまではいかないが、“the Witch”の血を引くソフィアにはそれほど困難なことではない。
「なんたることだ」
 トランクとダッシュボードを確認した佐佑は、天を仰ぐようにして嘆きの声を上げた。
「あら? 荷物は食事前に降ろしていなかったかしら?」
「全部じゃあない」
 佐佑の落胆振りは凄まじく、ソフィアはどれほどの重要な物が積まれていたのかと心配になった。場合によっては、今後の戦いに影響するかもしれないからだ。
「何が残っていたの?」
 ソフィアが訊ねる様子は、恐る恐る、という形容がぴったりであった。
「釣り竿だ」
「……安心したわ」