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剣(つるぎ)の名を持つ男 -拝み屋 葵【外伝】-

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「“イングウェイ・マーカス”?」
 ソフィアは訊ね返す。
「その通り」
 しわがれた老人の声は、はっきりとそれを肯定した。
 たとえ偽名であったとしても、名乗り、確認し、返事をすれば、それは本名と同等の力を持つことになる。
 念、呪詛、言霊などの精神的な影響を受け易い思念体は、名を以って縛ることでほぼ無力化できる。物理攻撃が全く効かない反面、こちらには滅法弱いということだ。
「イングウェイ・マーカスって……」
 思念体を名で縛った後、ソフィアは再びその名を口にした。
「わしを知っているのか」
「炎術士イングウェイを知らないはずがないわ」
 椅子代わりに踏み台に腰を下ろしたソフィアは、強く握りすぎて青白くなった手の平を交互に揉み解している。
「それは光栄だな」
「あからさまな謙遜は、嫌味にしか聞こえませんよ。それより、姿が見えないので話しにくいのですが、なんとかできませんか?」
「姿が見えぬ相手との会話には慣れていると思ったのだが」
 ソフィアに憑いている姿無き声、半人半魔のことを指しての皮肉だ。
「“解宝珠”はどこに?」
 短いため息の後、ソフィアは話題を変える。
「そんなものがここにあれば、わしが疾うの昔に使っている」
「言われてみれば、その通りね」
 解宝珠とは、あらゆる魔術の効果を打ち破る黒真珠の名称で、ソフィアが探していたものだ。
「じゃあ、私が解くしかなさそうね。朝までに終わるかなぁ……」
 ソフィアは、憂鬱をたっぷりと込めたため息を吐いた。
「ため息は幸せを逃がすぞ、と前にも言ったはずだが」
「誰のせいで……えっ!?」
 ソフィアの視界に、壁に背中を預けて寄り立つ佐佑のにやけ顔が映る。
「マーカス翁。聞きたいことがある」
「“Gladius”か。いいだろう。答えられる範囲で答えよう」
 口をパクパクさせるソフィアを尻目に、佐佑はイングウェイ・マーカスの思念体との会話を続ける。
「弟子だったスコット・ローレンスが、あなたを手に掛けたと言っていた。その真偽を聞かせて欲しい」
「その答えに何の意味があろうか。恋人の友人を殺めた業からは、逃れることなどできやせんよ」
 佐佑は悲しげな微笑みを浮かべた。
「あれは、既に人ではなかった。鬼と成った者を救う手立ては無い」
 表情と違い、声と目の光に迷いは無い。
「なるほど、一筋縄では行かんわけだ。いいだろう。話してやる」
 イングウェイ・マーカスの思念体は、淡々と話し始めた。
 その内容は、リンダの目的を明らかにするには充分だった。

 *  *  *

 リンダの計画は、実に三十六年前から始まっていた。
 西暦一九五二年、ロンドンスモッグと呼ばれる大事件が起きた。大量に使用された石炭による空気汚染が原因とされているが、その大元は数日に渡り停滞した濃霧。つまり霧魔によるものだ。
 リンダは、世界有数の都市であったロンドンに甚大な被害をもたらした霧魔の力に魅せられた。
 周囲の者には無い力を持ちながらもそれを隠さねばならず、抑圧されていた彼女には当然のことだったとも言える。リンダは『半端な力ではなく、圧倒的な力を持てばいい』と考えたのだ。
 そうして数年後、魔を召喚し“the Witch”となった。
 イギリスに渡りCMUの前身組織を作り上げたのは、自身の力の程度を確認するためと、協力者を探すためだった。
 当時のイングウェイ・マーカスは、正義感と才能に溢れていた。
 イングウェイは、その情熱と能力のすべてを余すことなく霧魔退治に注いでいた。イングウェイの扱う術が炎術に特化されているのはそのためだ。
 能力的にはリンダに次ぐ実力を持っていたが、その評価は決して高いとは言えなかった。リンダは能力の高さを見抜いていたが、敢えて知らぬ振りをしていた。
 霧魔の正体は恐怖と畏怖。しかし、人類は畏怖を忘れ嫌悪を抱くようになったため、霧魔は人類に対して牙を向けるようになった。
 恐怖と嫌悪。炎によって払うことができるのは恐怖のみ。
 炎では霧魔を倒せないことを知っていたリンダは、イングウェイが行き詰るのをじっと待っていたのだ。
 限界を知ったイングウェイが絶望の淵に追いやられた頃を見計らい、リンダは言葉巧みにイングウェイを誘惑した。絶望の淵で受ける魔の誘惑は、暗雲から差し込む光明のように思えただろう。
 イングウェイの炎術で霧魔を倒すことはできずとも、一時的に衰弱させることはできる。リンダはその隙を突いて半人半魔に取り込ませることに成功した。強大な霧魔の力を欲していたリンダから生じた半人半魔は、力を取り込む能力に長けていたのだ。
 これが、霧魔ミラビリス誕生の経緯である。

 丁度その頃、リンダの息子夫婦に生まれた子供、ソフィア・クロウが八歳という若すぎる年齢で覚醒し、“西海岸の聖女”と呼ばれるようになった。
 リンダを凌ぐほどの強大な力の覚醒であったため、アメリカ西海岸近辺のパワーバランスが崩れ、大きな騒動の引き鉄となった。
 ソフィアの力に嫉妬したリンダは、更なる力を求めるようになり、あれこれと理由をつけてソフィアを自分の傍に置き、観察・監視を始めた。
 リンダは霧魔ミラビリスの成功には満足していたが、霧魔ミラビリスの吸収特性に気付いた欧州の魔性は警戒し接触を避けて身を潜めていたため、捕獲できるのは取るに足らぬ小物のみとなり、それ以上の強化は困難な状態となっていた。そうして目を向けたのが、退魔業において先進国であった日本だったというわけだ。
 西暦一九八七年。リンダは霧魔ミラビリスを日本へと送り込んだ。
 協力者であったイングウェイにも日本を標的とした理由は知らされておらず、力を求め続けるリンダに危険を感じていたイングウェイは、霧魔ミラビリスの不在を突いてリンダを亡き者にする計画を立てた。しかし、リンダは屋敷に篭り一歩も出歩かなかったため、イングウェイの計画は実行されなかった。屋敷を強襲すれば、そこに住むソフィアをも相手にしなければならず、戦力差が明確であったためだ。
 一方、日本に送られた霧魔ミラビリスは、日本妖怪による激しい抵抗を受け、すぐさま英国へと逃げ帰る羽目になった。
 霧魔ミラビリスの帰還後、リンダはイングウェイの弟子スコット・ローレンスを甘言で惑わし暗殺を決行させた。
 裏切者に対する制裁としてイングウェイの魂を縛り付け、使役霊とする。分かりやすく言い換えれば、強制労働をさせられている形だ。