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剣(つるぎ)の名を持つ男 -拝み屋 葵【外伝】-

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●7.St.Sophia (知恵の女神)


 長い長い回廊を、一人の少女が歩いていた。暗い闇を照らすため、その手にはオイルランプが提げられている。
 腰まであるナチュラルブロンドをなびかせて歩く少女は、無表情というよりは憮然としていて、やや早足で歩いていることからも、決して上機嫌ではないことが見て取れた。
 知恵の女神の名を戴き、弱冠十二歳にして比類なき力を持つ、イタリア生まれの天才少女ソフィア・クロウ。現在はアメリカ西海岸に住む両親と離れ、祖母リンダとヨークシャーで生活している。

 ロンドンから北へ二百キロ。ノース・ヨークシャー州の都市ヨーク。人口は二十万人に届かず、決して大きな都市ではない。ソフィアが住んでいるリンダ・クロウの屋敷は、そんなヨークの外れにあった。
 古い歴史を感じさせる造りの邸宅であり、かつては名の知れた貴族の住まいであったことは素人目に見ても簡単に窺い知れる。
 頑丈な樫の扉を開けてエントランス(玄関)に足を踏み入れると、そこには中世時代に迷い込んだかのような錯覚を覚える光景が広がる。
 正面では、中二階へ伸びてから左右に分かれて二階へと続く階段が圧倒的な存在感を示し、一階の上り口では剣と盾を携えた甲冑の像が階段を見張るように鎮座している。屋敷の持ち主を思えば、本当に動いたとしても何ら不思議ではない。
 右を向けば、厨房と幾つかの小部屋がある。使われている家具の等級から、そこは使用人たちが食事や休憩するための場所だと分かる。
 左には大きな部屋が一つ。純白のテーブルクロスと銀の燭台で飾られた長テーブルがあり、食堂であることは一目瞭然だ。椅子は二つしかなく、入口から遠い一方が明らかに豪華な造りをしている。見上げれば天井は高く、二階分の空間が使われている。応接へと繋がる扉があり、応接からエントランスへと出ることも可能だ。
 食堂を奥へと進むと、二階に続く階段がある。主に家人が使用するもので、他と比べて質素で実用的な造りになっている。
 二階は屋敷を真横に横切る廊下を挟んで左右それぞれに部屋があり、廊下を真っ直ぐ進めば使用人たちの休憩室へと繋がる階段部屋へ、廊下を途中で曲がればエントランスへと辿り着く。
 中二階には隠し扉があり、魔道書などを収めた書庫や術祭具などを収めた倉庫がある。
 隠し扉の先には地下へと続く階段があり、日の光が差し込むことはない空間が続いている。
 ソフィアがランプを携えて歩いているのは、その先の空間だ。

 ―― 二十分前。

 ソフィアを助手席に乗せた車が、ヨークの外れにあるリンダ・クロウの屋敷に滑り込む。勿論、運転しているのは佐佑である。
「明りがついていないようだが」
 佐佑は身を屈めて覗き込むように屋敷を見やった。
 外観の大きさから、高齢のリンダと幼少のソフィアが二人だけで住んでいるとは考えられない。使用人の一人や二人が必要となる大きさだ。
「どこかで羽根を伸ばしているのかも」
 シートベルトに手を回したソフィアの声は、僅かな不安を匂わせていた。
 ソフィアに先んじて車を降りた佐佑は、凝り固まった筋肉に酸素を送るべく大きく伸びをしながら深呼吸をする。それを二度三度と繰り返したあと、改めて屋敷を眺めた。
「いい屋敷に住んでる」
 ロンドンから車を飛ばし、休憩なしの強行軍で三時間。疲労困憊とまではいかなくとも、それなりの消耗を強いられる。だが佐佑は、疲労の色を見せることなく飄々として、皮肉を放る余裕を見せた。
「そんなに気を使わなくていいわよ」
 もともとの目的地は更に北にあるスコットランドの首都エディンバラであった。長距離であるため飛行機での移動を提案した佐佑を制し、ソフィアが押し切る形で車での移動が決定したのだ。
 しかし、出発の時間が既に夕刻であったこともあり、エディンバラに到着するのは夜半過ぎになる。それではいざ戦いというときに満足に動けない。急遽途中で一泊することにしたのだが、佐佑は二人分の宿泊費を持ち合わせておらず、ソフィアにしてもそんな額を持っていようはずがなかった。そこで、苦肉の策としてヨークにあるソフィアの住家に泊まることにしたのだ。
 これらの事情を踏まえておけば、先ほどの佐佑の発言が皮肉であることを理解してもらえることだろう。勿論、それに対するソフィアの返答も然りだ。
「ガレージはないのか?」
「知らないわ。いつもハイヤーを使うから」
 車を降りたソフィアは、佐佑を振り返ることもせずに歩き出した。
「そりゃ結構なことで」
「何よ」
「俺のベッドはあるんだろうな?」
「客間があるわ」
 足早に進むソフィアの背中に、佐佑は密かなため息を飛ばした。
 車の後部に回った佐佑は、自分の荷物を取り出すためにトランクを開けたのだが、何かを決意したように口を真一文字に結ぶと、そのままトランクを閉じた。
「嫌な予感がするんだが」
「嫌な予感?」
 そこでようやくソフィアの足が止まる。
「おまえさんの家ってことは、リンダ・クロウの家でもあるんだよな?」
「当然でしょ」
 明白であるはずの事実を再確認した佐佑の思惑は、ソフィアには伝わらなかった。
「ここはリンダの本拠地だ。姿を消した際、俺たちの捜索の手が伸びることは想定しているだろう」
「罠が仕掛けてあると言いたいの?」
「いつもは留守番をしている使用人たちが、今夜はいないのだろう?」
「考えすぎよ。そんな原始的な罠を“the Witch”が仕掛けると思って?」
 緩慢な動きで佐佑を振り返ったソフィアの顔には、シャワーを浴びて眠りたい、と書いてある。
「俺なら仕掛ける。これは戦いだぞ」
「私なら仕掛けないわ。美しくないもの」
 直後に、付き合ってられない、と言い放ったソフィアは、まだ何かを言おうとする佐佑を無視して玄関に手を伸ばした。
 ところが、いざ開けようとするとソフィアの頭に佐佑の言葉が響く。頭では、罠など仕掛けてあろうはずがない、と思っていても、心が警鐘を鳴らす。
 しかし、ソフィアはその警鐘を敢えて無視した。
 強引に理由を挙げるならば、負けたくない、という気持ちと、今更後には退けない、という気持ち、格好悪いところを見せたくない、良いところ見せたい、そういった方向性を持った感情による行動だ。
 豪華な両開きの扉は、カチャリ、という音の他に何も起きることなく開いた。ソフィアはすぐ後ろの佐佑に気付かれぬよう、そっと安堵のため息を漏らしてから、勝者の笑みを浮かべる。
「ほーら、何にも起きないじゃない」
 ソフィアはそう言う“つもり”だった。
 両開きの扉の向かって右側の扉を引き開けると、屋敷の中には暗闇の空間が広がっていた。屋敷には誰かしらがいつもいるために、その明かりのない光景はソフィアには見慣れないものであった。
 そこへ悠々と足を踏み入れたソフィアは、直後に自分を見失うこととなる。

 仕掛けられていたのだ。罠が。