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剣(つるぎ)の名を持つ男 -拝み屋 葵【外伝】-

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 ソフィアは大きく一度頷いてみせることで問いかけに対する答えとした。それは同時に、クローディアの安全が第一、という佐佑が出した条件を飲んだことを意味する。
「一つ、確認しておきたいことがある」
 カチャリと音を立ててティーカップをソーサーに戻す動作の中に、佐佑は自然にその言葉を割り込ませた。
「勿論です」
 ソフィアは笑顔で応じ、スッと姿勢を正した。それは、佐佑が確認したいことの内容を察しての行動だ。
「ここならば安全だ。そろそろ姿を現せ」
「……確かにな」
 その声はソフィアのやや後方から発せられていたが、声はすれど姿は見えず、だがしかし、先ほどまでは存在していなかった何者かの気配が、確かなものとしてそこに存在していた。
「俺が“the Witch”ならば、“禁忌を犯した罰”を受けることになる。だとすれば、同士討ちをさせて消耗したところで漁夫の利をさらうという考えもある。それから逃れるためにリンダと手を組むという選択肢もある。こちらの都合で申し訳ないが、時間に余裕はない。腹の探り合いは無しだ」
「いいさ、こちらもそんなつもりは毛頭ない」
 姿無き声は無感情に言った。そして、一瞬の沈黙を挟み再び話し始める。
「同じ“the Witch”であっても、リンダ・クロウとは決定的に違う点がある。それは、意図的であったかどうかというただその一点だ。二人は人間として接していた。魔性の存在であることを知らずに、知らせずに交わったのだ。その結果、半人半魔が生じた。決して意図して招いた結果ではない。とはいえ、お咎め無しとはいかない」
 ここに挟まれた沈黙は、言わんとしていることを理解させるために用意されたものだ。
「見逃す代わりに働けということか」
「平たく言えば」
 間髪入れずに答えが返る。
「今回だけだな?」
「勿論、働いてもらうのはこの件に関してだけだ」
「分かった、協力しよう」
 普通ならば契約成立の握手が交わされるところなのだが、片方は姿形を持たない言わば概念のみの存在であるため、完了の儀式とも言える握手が行われず、何とももやもやした終わりとなった。
「それで、お婆さまが向かった先なんだけど」
 しばらく放って置かれていたソフィアは、やっと出番が来たとばかりに声を張った。協力が確約されたことで安心したのか、今までもちらほらと見え隠れしていた地の口調になっていた。
 弱冠十二歳の少女であるソフィアは、気を許せる相手を欲していた。今までは、如何に自分が同等として接しようとも、相手の方が萎縮してしまっていた。同年代の遊び相手を“与えられて”も、それはそのように教育された相手であって、気を許せる相手とはならなかった。
 自分に勝る実力を持っている佐佑は、ソフィアが求めていた気を許せる相手となり得る初めての存在であった。
 そんな背景もあって、ソフィアは過剰とも言える親近感を佐佑に対して抱くようになった。今まで抑圧されていたものが解放されたのだから、当然と言えば当然の結果だ。
 ソフィアは今回だけの協力という点が不満ではあったが、それはそれとして、今後は何かと理由をこじつけて押し掛ければいい、と考えていた。
「お婆さまは、北へ向かっているわ」
 佐佑に向ける笑みは自然なものとなり、視線はやや上目に変化していた。
「北へ?」 オウム返しに訊ねる佐佑。
 だが、すぐにその問いを中断して違う質問を投げる。
「追い掛ける前に、相手のことを知りたい。彼女がリンダ・クロウの相手をするのならば、俺はどっちを相手にすればいい?」
 佐佑が姿無き声に対して問いかけたため、ソフィアは頬を膨らませて不満を顕にした。
「理想を言えば三対一で各個撃破したいところだが、もし一人で戦わねばならない状況となった場合は、半人半魔の相手をしてもらうつもりだ。リンダが交わった魔性については抑える手段を持っている、任せてもらおう」
「分かった。それで、どんな相手だ?」
「相手を聞いて協力を止めるなんてのは無しだぞ」
「もったいぶるな」
「霧魔ミラビリス」
 佐佑は一瞬だけ目を見開いて言葉を失ったが、次の瞬間には声を上げて笑っていた。
「ははっ 面白いな、面白いぞ」
「リンダ・クロウは、造魔の法を研究していた。強力な魔性であっても制御できると証明すれば、魔性との共存も可能だと考えたらしい」
「お婆さまは道を間違えてしまったのです。半人半魔は両者の架け橋になるはずだ、と言っていました。それに異を唱えるつもりはないのですが……」
 ソフィアの沈痛な声が、周囲の空気を重たくする。
「交わることで生まれた半人半魔をベースとして、造魔の法を行ったのだ。リンダ・クロウは」
 無感情なままの声が、込められた怒りを強調していた。
 重くなってしまった空気を変えるため、姿無き声は話題を発展させる。
「実はもう一人協力者がいたのだが……」
 しかしその先には既に佐佑が回り込んでいた。
「イングウェイ・マーカスだな?」
「なぜ分かった」
 佐佑はずっと引っ掛っていた言葉を思い出していた。
 ―― お前を追い返すためにミラビリスの偽物を造ってそれを倒させた。
 炎術士イングウェイの弟子であったスコット・ローレンスの言葉だ。
「弟子の一人が、造魔の法を使ってミラビリスの偽物を造っていた」
 佐佑は淡々と述べた。気を抜けば、スコットの死を嘆くクローディアの姿が脳裏に甦ってしまうからだ。
 今ここで冷静さを失うわけにはいかない理由が、佐佑にはあった。
「もう一つ、いいかな?」
「どうぞ」
 姿無き声は相変わらずの無感情な声で返事をする。
「なぜ“今”なのだ?」
 そうして訪れた沈黙は、今までのものとは意味が違っていた。姿無き声が、話すべきかどうかを決め兼ねているのだ。当然、佐佑はその迷いを察知している。
「彼女が話したように、相手の力は強大だ。戦力が揃うのを待っていた」
 姿無き声が沈黙を破って発したそれは、佐佑が求める答えではなかった。自分が“the Witch”であると知った以上、ここで話を終わらせるわけにはいかない。目を背けてきた事実を余すことなく知らなければならない。
「なぜ俺に声を掛けるタイミングが“今”なのかと聞いている」
「後悔はしないな、などと馬鹿げた確認はしないぞ。相手の魔性が名乗り出たのだ。自分が一人で罰を受けるから、交わりを持ってしまった人間と間に生まれた半人半魔は赦して欲しい、とな」
「それで、その魔性と半人半魔は?」
 一瞬の躊躇いの後、姿無き声は重々しい声を響かせた。
「相手の魔性はある場所に幽閉されている。どこかは分からないが、人間が辿り着ける場所ではないことは確かだ。そして半人半魔は……」
 佐佑は、この先の言葉を聞くことで、長く険しい道が始まるという確信があった。その先には、別れと、新たな出会いと、再会が待っている。
 そうして、強く強く決意する。
 すべてを乗り越えてここに戻ってくるのだ、と。

「二人の間に生まれた半人半魔は――」

 佐佑は、運命が変わる瞬間の訪れを感じた。


 ―― 今、ここにいる。