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剣(つるぎ)の名を持つ男 -拝み屋 葵【外伝】-

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 *  *  *

「サユウ」
 剣というコードネームを持つ男は、自分の名を呼ぶ声に顔を上げた。
「なんだ、クローディアか」
「三日振りに会う恋人に“なんだ”は酷いわ」
 透き通るブルーの瞳が発する抗議の視線を、佐佑はことも無げに受け止める。
「これはクローディア嬢、ご機嫌麗しゅう。今日も一段とお美しい」
「誰かと待ち合わせかしら?」
 クローディアは、佐佑の嫌味にも似た軽口を慣れた様子で受け流す。二人にとって、このやりとりは日常茶飯事なのだ。いちいち真に受けていては、恋人という関係を維持することなどできやしない。
「バカを言うな」
 佐佑は、これが待ち合わせをしているように見えるのか、と手を広げて丸テーブルの上に並ぶ複数の皿を示した。
 ここはロンドン市街にある大型ショッピングモール。
 一階と二階は大きな吹き抜けになっていて、どこにいても中央にある噴水とエレベーターが目に入るように設計されている。
 二階の外壁部分をガラス張りにし、太陽光を多く取り入れる設計になっている。それは空間を広く見せる狙いもあってのことなのだが、もとより一階の天井が充分な高さを持っていたこともあり、二階までという吹き抜けにはやや中途半端な印象を受ける。更には、霧の多いロンドンでは、太陽光が降り注がない日が多いという基本的なミスがある。
 二階には複数の軽食店が出店しており、紅茶やデザートは勿論、本格的な食事を楽しむことも可能だ。座席には店舗ごとの区切りが無く、どの店で注文しても自由な場所で食べることができる。勿論、配膳はセルフサービスだ。
 ランチタイムが終わったばかりの時間帯のため、人影はまばらだ。食後のティータイムには、誰しもが我が家に帰りその家の紅茶を楽しむため、ロンドン市街にはカフェが少ない。
 佐佑は、そんな中で遅い昼食をとっていた。
 クローディアは、悪戯な笑みを浮かべて佐佑の隣に座る。
「聞いたわよ、謹慎処分なんだってね」
「違う。休暇だ」
 佐佑は速やかに否定したあと、ハムエッグにフォークを刺して丸ごと口に放り込んだ。
 クローディアは、その様子を見守っている。
「やらねぇぞ」
 佐佑は断言する。交渉の余地はない。
「いらないわ。見てるだけでお腹一杯よ」
 テーブル上に所狭しと並んだ料理は、およそランチの量ではないし、普通の成年男子が一人で食べきれる量でもない。
「じゃあ、何か飲むだろ?」
「あら、ご馳走してくれるの?」
「“ツケ”が使えるならな」
「何よそれ。それよりサユウ、約束覚えてるかしら?」
 二人の間で交わされた『次に休暇を貰えたら“――”に行く』という約束だ。“――”には、その時期の人気スポットが割り当てられる。
「生憎、謹慎中の身でね」
 佐佑はフォークでくるくると宙に円を描く。
「ともかく、今夜の予定は空けておいてね」
 また連絡するわ、と言い残して、クローディアは離れて行く。佐佑はフォークを止めることなくその背中を見送った。
「あー……あん?」
 佐佑の動きがピタリと止まる。
「おいおい、尾行されてんじゃねーか」
 自分に向けられる視線に気が付いた佐佑は、狙いがクローディアではなく自分であったことに安堵を覚える。
 すぐさま監視者の場所を探ったが、はっきりとした場所を掴むことは叶わなかった。
「まさか、白昼堂々ってことはないよなァ?」
 佐佑は両眉を攣り上げて肩を竦めた。

 *  *  *

 佐佑が英国に来て早や一年。周囲には、東洋人である佐佑を快く思っていない人物が数多く存在している。佐佑はチームリーダーという位置にいるが、チームの仲間となる部下は存在しない。エージェントたちが余所者である佐佑と行動を共にすることを嫌ったためだ。それは佐佑が英国に来た経緯や、その待遇が関係しているものだ。
 イギリス情報局秘密情報部(SIS)や、ロンドン警視庁(スコットランドヤード)からスパイ容疑を掛けられおり、事ある毎に監視が付けられていたのだが、佐佑は暇潰しと称してそれらを撒き続けていたため、疑いを深めてしまっていた。それは自業自得であるため、甘受している。
 佐佑は、とりえず食事を済ませてしまうことに決め、骨付きのフライドチキンにフォークを突き刺した。と同時に、ズン、という地響きを起こして爆発が発生する。
 佐佑は、迷わずフライドチキンにかぶりついてから、咀嚼と共に周囲を見渡した。
 砕けたガラス窓から、爆発が起こったのはモールの正面であることと、時間的にクローディアが巻き込まれていてもおかしくないことに気付く。
 吹き抜けから一階に飛び降りようとしたが、ここが通常の二階よりも遥かに高いことを思い出して、階段へと急いだ。
 滑るように駆け下り、正面入口へと走る。人影がまばらだったこともあり、遠くからでも爆発現場を視認することができた。
 爆発したのは、モール入口に近い駐車場に止めてあったスポーツタイプの高級車だった。吹き飛ばされた二つのガルウイングが、その爆発の威力を物語っていた。
 佐佑は、駆け寄りながら周囲の被害を観察する。
 命に関わるような重傷を負った者はおらず、ドアミラーが頭を掠めた男が血を流しているだけだ。派手に出血しているが、ただの掠り傷だ。
 応急処置の必要無しと判断した佐佑は、未だに炎をくすぶらせ続けている車に歩み寄った。
 爆発時に誰かが搭乗していた形跡がないため、爆発による被害者は車の持ち主を含めて二人だけだ。
 クローディアの車ではなかったことに、佐佑は安堵のため息を吐く。
「これは挨拶代わりだ」
 誰もいないはずの車内から、高さも調子もバラバラな声が聞こえた。
 助手席のシートでくすぶっていた炎が、緩やかに色と形を変え、ぼんやりとした人の顔を形作った。
 佐佑は、ニヤニヤと笑っているようにも見える炎の顔を睨んだ。
「おぉ、怖い。そんなに睨むな。また爆発させたくなる」
 佐佑は何も応えない。
「わざわざ最小限にしてやったんだ。ま、破片が当たった男は運がなかったってことだな」
「何が狙いだ?」
「お前だ、“Gladius(グラディウス)”」
「“魔を封ず獄 急々如律令”」
 言葉と共に、人差し指と中指を揃えた右手で五芒星を描く。
“急々如律令”とは、律令の如く施行せよ、という意味を持った、陰陽道における呪(シュ)を執行する言葉だ。
 その一連の動作が終わったとき、炎の顔は佐佑の手の平でちろちろと燃えていた。
「百年早い」
 佐佑はその炎を握り潰して消し去る。
「だから早く帰りたいと言ったのだ」
 一人呟いた佐佑に、再び同じ声が語り掛けた。
「そう焦るなよ」
「しつこいナンパはモテないぞ」
「今夜、月が沈む前に“決闘跡地”へ来い。来なければ、ロンドン中の車を爆破する。こんなふうにな!」
「ガソリンか!?」
 佐佑は、ジャケットの内ポケットから取り出した御札をばら撒き、二本の指を揃えた右手を高くかざした。
「“炎を禁ず 急々如律令”」
 宙を舞うすべての札が一瞬で灰になり、爆発の音と風が僅かに周囲に広がる。その数瞬後、再び車に炎が宿ったが、それは正真の炎であった。
 相手の気配が無くなったことを確認した佐佑は、騒然とするその場を立ち去った。