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剣(つるぎ)の名を持つ男 -拝み屋 葵【外伝】-

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●1.Code Name - “Gladius” (剣の名を持つ男)


 ―― 西暦一九八八年 ロンドン

 男たちは、自身がおかれている状況を理解できていなかった。
 建設中のビル内で、お互いのアタッシュケースを交換して帰る。ただそれだけの作業。
 その度に場所は変わるが、同じ相手と何度も繰り返してきた、たった十数分で終わってしまう、ただそれだけの作業。
 今夜もそれを行うはずだった。
 同じ作業を繰り返し請け負っているという事実が、互いに声を聞いたこともない二人の間に妙な親近感を芽生えさせていた。もし声を発することが許されていたのならば、仕事終わりに二人でコニャックを引っ掛けているところだ。
 背後に隠れたまま表に出てこない連中がどう思っているのかは知らないが、アタッシュケースを交換する二人には、不思議な安心感があった。
 今の状況を生み出したのは、そんな親近感や安心感が生み落とした油断によるものではない。これでも二人は経験豊富で優秀な運び屋なのだ。
 それは一瞬だった。
 唐突に何の前触れもなく宙を舞う縄が目の前に現れたかと思うと、あっという間に手足といわず身体全体に巻き付き、身動きがとれない状態にされてしまった。口も塞がれている二人は、声を出すことも叶わずに、同じようにぐるぐる巻きにされている姿をお互いに見やる。
「やれやれ、人手不足だからって麻薬取引の現場に回されるとはね」
 縛られた二人が聞き慣れていない言語で発せられたその言葉は、極東の島国である日本の言葉であった。
 柱の陰から声の主であろうと思われる男が姿を現す。男は、長く黒い髪を無造作に後ろで纏め、ジャケットにジーンズといったラフな恰好をしていた。二人は、その男がアジア人であることまでは分かったが、それが中国人なのか日本人なのかを見分ける知識は持ち合わせていなかった。
 縛られて動けない二人を一瞥した男は、気だるく面倒そうに歩き、二つのアタッシュケースの中身を確認し、無線機のマイクに向かって報告を始めた。二人の母国語で行われたその報告の内容を聞いた二人の運び屋は、もう逃げられない、という覚悟を強要された。
「狩り出しておいて、立ちんぼなんかさせんなっつの」
 それは愚痴であったようだが、日本語で発せられていたため、縛られた男たちにはその意味を解することは叶わなかった。
「すべて忘れてもらうぞ」
 口の中に、何かの異物を挿入された二人の運び屋は、広がった苦味に顔をしかめるよりも先に、意識を失った。

 *  *  *

「グラディウス、聞いているのか?」
 Code Name - Gladius (コードネーム グラディウス)
 ラテン語の剣(つるぎ)という意味を持つコードネームで呼ばれたその男は、両手を腰の後ろで組み、のほほんとした表情で立っていた。
 薄手のジャケットにジーンズという、かなりラフな恰好だ。特徴的な長い髪を襟足付近で緩く纏め、そのまま無造作に垂らしている。
 デスクを挟んだ正面に対峙している相手は、胸に幾つもの勲章をつけた軍服の男だ。
 上官と部下。二人の関係はそれ以外の何物でもない。
「命令無視は重大な規律違反だと分かっているだろう」
 軍服の男は、厳かに口を開いた。その裏には、今にも爆発してしまいそうな怒りが込められている。
「迅速、且つ、確実に解決するために、最良の方法を選択したと自負しております」
 文言は立派だが、その棒読み口調からは微塵の誠意も感じられない。
 軍服の男は、やれやれ、といった表情で本皮の椅子に身体を沈めた。
「またそれか」
 そう言って、手元にある報告書に視線を落とす。
 そこには『反撃の暇を与えず抵抗させることなく捕らえた』という内容の報告が記されている。
 被害ゼロの逮捕劇。関わった者すべてに掠り傷の一つも無い。傷付いたものがあるとすれば、それはヤードのエージェントたちのプライドだけだろう。
「そんなに日本へ帰りたいのかね?」
 大きなため息と共に怒りを流したあと、落ち着いた口調で話す。
「自分がここへ派遣された理由は、ご存知だと思いますが」
「勿論だ。その目的を果たしたキミが、ここに留まる理由はないということもな」
「ご理解頂けているようで安心しました」
「極東の島国に未練があるのかね?」
「ここも島国であることに変わりありません」
「あ、いや。キミの母国を悪く言うつもりはないんだ。ただ、優秀な部下を手放すのが惜しい上官の気持ちも分かって欲しい」
 これは嫌味でも皮肉でもない、本心から言葉だ。
「将軍のご厚意には感謝しておりますが、自分は帰らねばなりません」
 グラディウスも、目の前の上官が本心から引き止めてくれていることは承知している。だからこそ、冷然と返答しなければならない。
「留まる気はない……か」
「はい」
「わかった。日本へ帰れるように取り計らおう。命令無視の処分は一週間の謹慎だ。謹慎が解ける頃には日本へ帰る手続きも終わるだろう。休暇と思って羽を伸ばせ」
「お心遣いに感謝いたします。将軍」
 グラディウスは敬礼をとる。そして、拳銃とバッチをデスクに置き、再び敬礼してから、部屋を後にした。

 部屋に残された軍服の男は、グラディウスが去っていったドアを名残惜しそうに眺めた。
「Code Name - Gladius【草薙佐佑】か――」