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剣(つるぎ)の名を持つ男 -拝み屋 葵【外伝】-

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 *  *  *

 “妨害しない代わりに、手も貸さない。”
 リンダと佐佑は、そこに妥協点を見出した。
 リンダはソフィアの居場所を把握していたが、その場所を佐佑に教えないことで不干渉を示し、選択を佐佑自身に委ねた。
 ただ一つリンダが伝えた情報は、自分は明日の夜にヨークシャーに帰る、ということだけだった。
 佐佑は、明日の夕刻には自ら動いて終わらせるつもりがある、つまり、探すなら今日中に、という意味だとして受け取った。
 そうして、リンダをクローディアに任せ、ソフィアを探すためにマンションを出ていった。
 佐佑のマンションには、リンダとクローディアの二人だけがいる。

 クローディアは、リンダが口にした“別れ”という響きが嫌だった。どんなに振り払おうとも、しつこく耳の奥に張り付いて剥がれない。
 愛する男の運命が変わってしまうかもしれない。
 リンダの話を聞いていた佐佑の横顔を思い出すと、例えようのない不安に襲われた。
 ―― 私は彼の傍に居られるの?
 佐佑の乗った車が少しずつ遠のいてゆく光景に耐え切れず、クローディアは視線を逸らした。
 行かないで、と引き止めたい。けれど、それは声に出せない。佐佑はそれを決して聞き入れはしないだろう。だから、それは声に出してはならない。声に出せば、佐佑の足枷になってしまうと知っているから。
 ふとしたときに、佐佑はクローディアを突き放し、独りであろうとする。
 意識せずに人を遠ざけようとするそれは、独りで生きてきた佐佑が身に付けた、身を守る方法の一つだ。それが分かっているからこそ、クローディアは何も言えず、分かっているのに何も言うことができない自分を、情けないとも思っていた。
「彼のこと、好きなのね?」
 背後から声を掛けられたクローディアは、目を伏せたまま返事をしなかった。それを肯定として受け取ったリンダは、柔らかく微笑んだ。
 しかしそのすべてを見透かしたような微笑みは、クローディアにとっては不快でしかなかった。高いところから見下ろされている気分になる。
 クローディアは、負けてはいけない、と思った。
 目の前の老婆は敵ではない。敵ではないけれど味方でもなく、競うべき相手でもなければ、相手にもされていない。
「いえ、愛しています」
 クローディアは、敢えて一度否定した上で、肯定の更に上を行く。
「彼のことが心配?」
「心配していないと言えば嘘になりますけど、信じていますから」
 心配しているのは自分ことだ。
 佐佑のことでも、自分と佐佑のことでもない。はっきりと問われることで初めて分かる。心配しているのは、自分自身の未来だ。
 クローディアは、窓辺を離れてリンダの正面に座り、次の言葉を待った。
「紅茶のお代わりを頂けるかしら?」
「えぇ、あの人のように美味しくは作れませんが、それでよければ」
「お願いするわ」
 立ち上がりキッチンへと向かうクローディアの背中に、リンダは眼光鋭い視線を飛ばした。そうして、クローディアがそれに反応を示さないことを確認すると、目を伏せた。
「どうやらあなたは“witch”ではないようね」
「え?」
「孫は“Gladius”の方に用事があったみたいだけれど、私はね、クローディアさん。“Gladius”の恋人であるあなたに用事があって来たのよ」
「私に、ですか?」
 クローディアは、ほんの僅かだが気を引き締めた。超が付く有名人に用事があると言われて、緊張するな、というのは無理な話だ。
「あなたのためであり、彼のためでもある。と言っても、酷な話よね」
 クローディアは、リンダの言わんとすることを察した。
 CMUという軍の組織に所属しているとはいえ、クローディアは一般人と何ら変わりのない“人間”だ。CMUのエージェントたちのように、人間離れした特殊能力を持っているわけではない。
 裏稼業の者が、一般人とそうすることが困難であるように、クローディアと佐佑が共に未来を歩むためには、更なる困難が待ち受けている。その負担はすべて佐佑が負うことになる。
 別の道を歩みなさい。言葉という形こそ取らなかったものの、リンダはクローディアにそう告げたのだ。
 考えなかったはずがない。クローディアは胸の内で叫ぶ。
 考えて、悩んで、苦しんでいる。確かにまだ答えは出せずにいる。けれど、考えることを放棄したことはないし、放棄しようとも思わない。毎日、思い悩み苦しんでいる。それが愛ゆえの葛藤だと分からない年齢ではないし、後先を考えることなく感情に任せられる年齢でもない。
 そんなことは分かっている。クローディアは胸の内で叫ぶ。
 どんなに名を馳せた人物であろうとも、いきなり現れた第三者に口出しされたくはない。これは二人の、二人だけの問題なのだから。
 睨む、には弱く、見つめる、には強い。クローディアは、そんな視線をリンダに向けていた。
「彼がただの“witch”であれば、私もこんなことを言わずに済んだのよ」
 クローディアは、リンダの真意が読めずに表情を曇らせた。
「どういうことですか?」
「さっき言った通りよ。彼は妖精の探し物なの。……あら、美味しい」
 リンダは、クローディアが煎れた紅茶を褒めた。
 クローディアは、リンダの口から出た言葉が真実であることを理解しながらも、それを受け入れることはできなかった。