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剣(つるぎ)の名を持つ男 -拝み屋 葵【外伝】-

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 *  *  *

「あの子は、このロンドンで探している物があるの」
「探し物ですか?」
「えぇ、そうよ」
 リンダが話し始めたのは、佐佑が作った料理に一通り口を付けた後だった。
「我々にその探索の手伝いを?」
「いいえ、そういうことではなくて」
 リンダは佐佑の問いを柔らかく否定する。
「その逆なの。探し物が見つからないようにして頂きたいの」
「納得できる理由を聞かせて頂けるのでしょうね?」
 隣で静かに話を聞いていたクローディアが、抑えてはいるが不快を込めた声を発した。佐佑はすぐに視線でクローディアを制したが、怒りは収まらないようだった。
「お怒りはごもっともだわ。私だってかわいい孫の邪魔をするのは心苦しい。けれどね、あの子の目的を達成させるわけにはいかないの」
「目的とは?」 オウム返しに訊ねる佐佑。
「Code Name - “Gladius” あなたに会うことよ、クサナギさん」
 リンダの返事を聞いた二人は、互いに顔を見合わせる。
「あなたを探してるんだって」
「俺は“物”扱いか」
 リンダはコロコロと笑った。
「あの子は妖精と行動を共にしているの」
「妖精って、ピーターパンに出てくるティンカーベル?」
 クローディアが素直な質問を投げる。
「ま、概ね似たようなものだ」
 すぐに佐佑が説明を加える。
「妖精と言っても、ピンキリだからな。元々人間界に存在するものもいれば、そうでないものもいる。元々人間界に存在していないものがその存在を確定させるためには、誰かに召喚してもらい、召喚者と何らかの契約を交わす必要があるんだ。だが古代の人間は、その方法を禁忌として封印した」
「どうして?」
「自由に行き来していると、世界のバランスに乱れが生じて崩壊を招いてしまうのだとされている。お互いの世界における基本的な法則が違うせいなのだろうが、実際のところは分かっちゃいない」
 リンダはハーブティを口に運び、佐佑の説明が終わるのを待った。
「極稀に、別世界の物質が世界の壁を越えて転がり込むことがある。オーパーツなどと呼ばれるものがそれだ。元々その世界に存在しないものが転がり込めば、どんなものであってもオーバーテクノロジーとなる。先天的理由でそれを扱える者と扱えない者とが存在しているとなれば、確固たる証拠を持った選民思想によって簡単に社会は崩壊する。
 王たちが自らを神の子孫だと称していた古代において、王族の神性は絶対のものだった。オーパーツが存在した場合、それを扱える者こそが神の子孫であり、王になれる。扱えない者は王になれない。そこで王たちは考えた。自分たちが利用できず、更には支配を脅かす存在とは決別するべきだ、とな。
 これも異界交流が禁忌とされた理由の一説だ。他にも諸説ある。
 その後、世界規模でオーパーツらしき物質の破壊が行われたのだが、何しろ存在法則が違うからな。簡単には破壊できない。そこで、別世界のものは別世界に送り返すことにしたわけだが、その際にどうしてもその世界の住人の助力が必要となる。それが禁忌の例外なんだが――」
 そこまで一息に説明した佐佑は、クローディアが半分も理解していないことに気付いて苦笑した。
「簡潔に言うとだな、迷子を見つけても一人では放り出せないだろ?」
「えぇ、そうね」
「迷子を迎えに来てもらった親御さんを、不法侵入だ、と言って追い返せないだろ?」
 クローディアは、うんうん、と頷く。
「目的が分からないと、禁忌を犯しているかどうかは分からないだろ?」
「もし、禁忌を犯していたらどうなるの?」
 それまで黙って見守っていたリンダは、クローディアの問いに対して反応を見せた。
「そのときは、禁忌を犯した罪人と見なし、あの子に罰を与えます」
 リンダの目は冷然としていて、身内であっても見逃しはしない、と主張していた。
 張り詰めてしまった空気を変えようと口を開きかけた佐佑を、リンダは老いてなお鋭い視線で牽制する。
「事実関係がはっきりするまでは、あの子に会わないで頂きたいの」
「お断りする」
 佐佑は、即座にキッパリと断った。
 リンダは表情を変えず、ティーカップに手を伸ばす。
「俺に用事があるのならば、どうするかは俺が直接会って判断する」
「まぁ、ご立派ですこと」
「婆さん、あんたのやり方は汚い。気に入らない」
「あなたも罪人と見なすことになるかもしれませんよ?」
「そのときは、相手が“the Witch”であっても」
 両者の視線が交錯したまま、数瞬の時が流れる。
 不意に窓の外でクラクションが鳴り、リンダは、ふぅ、と小さくため息を吐いて目を閉じた。
 同時に周囲の緊張が解ける。
「強情、ね。聞いていた通りだわ。これだけは忘れないで。その出会いは、これまであなたが目を背けてきた事実と向き合うということ。その先に待っているのは、長く険しい道。そしてあなたは経験する。別れと、新たな出会いと、再会を。会ってしまえば、それは避けられないこと」
 リンダは、目の前に居る佐佑ではなく、遥か遠くの誰かに語り掛けているような、そんな口調でゆっくりと語った。