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剣(つるぎ)の名を持つ男 -拝み屋 葵【外伝】-

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●序


「おはようございますー」
 苔生した長い石段の上にある朽ちかけた山門を抜けると、その先には名前も分からぬような植物が生い茂った空間が広がる。
 そこに訪れたのは、黒髪を後頭部で一つに纏めた若い女性だった。
 彼女の名は三宮葵(さんのみや あおい)。現代に生きる陰陽師だ。
「おはようございますー」
 誰しもが足を踏み入れることを躊躇するであろう雰囲気を醸す山門を、葵は事も無げに通り抜ける。そうして、自身の身長よりも遥か高くにまで成長した草植物の壁にぶつかるまで進み、壁の向こうに挨拶を投げた。
 空は青く晴れ渡っているが、植物に日光を遮られたその空間は、明らかに周囲よりも湿度が高くなっていた。
 草葉の朝露が乾く前の時間帯であるため、今はまだ空気はひんやりとしているが、今日は雲が少ない。晩春の日差しであっても、十二分に蒸し暑い空間を生み出すに足る。
「おー。葵ちゃん、おはよーさん。今日は大学には?」
 壁の向こうから聞こえてきた声は、周囲の雰囲気とは掛け離れた底抜けに明るいものだった。
 しかし、葵の行く手を遮る植物の壁は、先を見通すことができないほどの密度を誇示しているため、声の主の姿を見ることはできない。
「今日は午後からですによって、掃除に来さしてもろたんですけど」
「おぉ、それは助かる。二十年も誰も住んでなかったせいで、それはまぁ目も当てられない酷い有様なんだわ。構わないから、もりもり掃除して、ピッカピカにしてくれたまえ」
 葵の呼び掛けに、即座に返答が返る。
「その前に、一つだけ、一つだけ言わしてください」
「なにかな?」
 葵は、はぁ、とこれ見よがしにため息を吐いた。
「キャラがゆるすぎんねんて、お師匠はん」
「……そう言われてもなぁ」

**************
  拝み屋 葵 【外伝】
 剣(つるぎ)の名を持つ男
**************

 頂点にほど近い太陽が、眠りを誘う暖かな微笑みを降り掛けている。
 そんな中、“剣の名を持つ男”は、三十畳はあろうかという大きな部屋の真ん中に鎮座し、静かに物思いに耽っていた。
 部屋は和室。だが、襖や障子、畳、縁側の床板、天井、欄間など、和室であることを示す物のすべてが、その外見と機能とを失っている。
 畳は小指一本でも簡単に穴が開けられるほどに朽ちており、縁側に立てば確実に腐った板を踏み抜いて穴を開けてしまうだろう。
 そんな部屋の真ん中に、一体どうやって辿り着いたのか。本人の口からその方法の説明を受けたところで、その通りに実行できる者はいない。
「ほな、ウチそろそろ行きます。講義が終わったら戻りますによって」
 庭先で草植物と戯れていた葵は、額の汗を拭いながら作業の中断を報告する。服も顔も髪も、刈った拍子に付着した緑の植物繊維と、根を抜いた際に跳ねた泥土に塗れていた。
 だが、葵はそれらを気にする様子を見せず、汗だけ拭くと、荷物を抱えて入口の山門へと足を向けた。
「風呂を沸かしてある。汗を洗い流して行け」
「へ?」
 予想外の申し出に、葵は耳を疑う。
 そして、それを確認する前に、突如として現れた二人の男に、両腕をがっちりと絡め取られる。
「げっ!? アカクロコンビ!」
「まさか、師の申し出を無碍にするとは言わぬよな?」
 葵の右腕を絡め取った男は、ニヤリと笑う。
 銅(アカガネ)という名の式(式神)だ。
「我らが丹精して沸かした湯だ。ゆるりと堪能するが良い」
 左腕を絡め取った男も同じく式であり、名を鉄(クロガネ)という。
 誰が使役しているのかなどは、言わずもがなであろう。
「うそーーん」
 葵が裏手へと引き摺られて行くと、その場には水を打ったような静けさが訪れた。
 言葉を発する以外に微動だにしなかった“剣の名を持つ男”は、勿体付けるように目を開けて、刈り取られたばかりの庭先に視線を飛ばす。
 誰もいないはずのその場所には、一人の女性が立っていた。
 ブルーの瞳は見るものを惹き付け、ブラウンの髪は絹の滑らかさを表し、白い肌はパールの輝きを放つ。その容姿は明らかに日本人ではない。
「――。」
 “剣の名を持つ男”は、庭へと下りて自らが作り出したその幻の頬に手を伸ばす。そして、女性の名を口にし、呼び掛ける。
 だがその声は、屋根の上で寝ていた猫の欠伸に掻き消されてしまうほどの、弱々しくか細いものだった。
 所詮は幻。
 答えなど返るはずはなく、伸ばした指がその熱を感じることもない。
「ツルギの」
「これは仙狸(せんり)殿」
 不意に頭上から掛けられた声にも、瞬時に反応してみせる。だが、砂漠で針を見つけるほどの眼力を持つ化け猫は、ほんの僅かな動揺をも見逃さない。
「汝にも付け入る隙があったのか、と妙に安心してしまったのである」
「なぁに、遠い昔のことさ」
「“遠い”のは、時間などではないであろうに」
「無論のこと。生涯忘れることはない」
 同じ誓いを胸に抱く両者は、暫し間、共に風と太陽に身を任せた。
「聞かせてもらえるのであろうな」
 何をか? などという無粋な問いを返すことはない。
 “剣の名を持つ男”は、人知れず微笑みを浮かべ、そしてすぐにそれを消し去ると、遠い昔を想うように空を見上げ、粛粛と語り始めた。

 “剣の名を持つ男”の物語を――