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剣(つるぎ)の名を持つ男 -拝み屋 葵【外伝】-

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 *  *  *

 トレーニングルームから一足先に戻った佐佑は、相変わらず誰もいないロビーで、クローディアが上がって来るのを待っていた。
 ふと、スコットが言っていた言葉を思い起こす。
 ―― ミラビリスの偽物を……
 それが本当であれば、佐佑が調伏したミラビリスはスコットが造り出した偽物だったということになる。自身の勝ちを信じて疑っていなかったスコットが、あの状況で嘘を吐くとは考え難い。
 自身の力に自信がないわけではないが、過信することもない。幾ら手負いとはいえ、佐佑が一人で調伏できるほど甘い相手ではないとは思っていた。
 佐佑は、スコットのことを報告していない。クローディアのように、事の真相に気付く者がいたとしても、余所者の佐佑が日本に帰るのを、わざわざ止める者などいない。仮に、真相を報告していたとしても、何らかの圧力が加わり、真相は闇に葬られてしまうだろう。
「何の問題もない」
 佐佑は自分に言い聞かせるように呟く。
 恐らく、室長は気付いている。そうでなければ、ホテルでのドンパチの件だけでなく、指名を受けて決闘跡地へ招待された件についての報告も求めてきたはずなのだ。味方なのか、折角の厄介払いを中止したくないのか、それとも、更なる裏があるのか。
 そこまで考えて、佐佑は思考を巡らすことを止めた。
「日本に帰って、静かに暮らそう。日本が無理なら……どこでもいい」
 佐佑は、組織というものに対して嫌悪の念を抱くようになっていた。協力し合っているように見えても、薄皮一枚捲れば化かし合いだ。つい先日、信用できる、と判断した相手が、今日は簡単に手の平を返してくる。そんな毎日に慣れてしまうことで、疑ってはならない相手にも疑いを向けてしまうようになる。
 佐佑は、そうなってしまい兼ねない自分が嫌だった。
 そう思うようになったのが、クローディアという守るべき存在ができたためであることに、佐佑自身は気付いていない。

「こちらでしばらくお待ちください」
 奥の扉から、老婆を連れだったシェリルが姿を現す。
「クサナギ。ちょっと」
 老婆がロビーのソファーに座るのを確認し、シェリルは佐佑を呼んだ。
「なんだい?」
 呼び掛けに対して、佐佑は間の抜けた声を出したが、シェリルは押さえた声で冷静に返した。
「あの人、“the Witch”よ」
 その言葉を聞いた途端に、佐佑の顔は仕事の顔に変わる。
「すると、誘拐された孫ってのは?」
「ソフィア・クロウ。業界で噂の女のコよ」
「孫のこととなると、あのリンダ・クロウでも取り乱すんだな」
 そう言う佐佑の視線の先には、背中を丸めて落ち付きなく座っている老婆の姿がある。
「どんな力を持っていても、人の親だもの。そうでしょう?」
「あぁ、そうだな」
 シェリルの微笑みに、佐佑も微笑みを返した。
 飲み物を出して落ち付いて頂こう、という佐佑の提案に、シェリルも賛同する。
「そうだ、クサナギ。あなたのハーブティをもらうわよ?」
「いつも勝手に飲んでるだろう」
「お客様に出す分は別よ」
「そうだ、シェリル」
「何?」
 佐佑は、もったいぶった様子で口を開く。
「“休暇”は取消しかな?」
「たぶんね」
「頼りにされてるのか、人使いが荒いのか」
「頭数は多いが良いに決まっているもの」
 扉の向こうに消えてゆくシェリルの背中を見送った佐佑は、小さなため息を吐く。
「今度はどこを殴られるかな」
 そう呟いて、佐佑は脳裏に浮かんだ呆れ顔の恋人に謝罪した。

 *  *  *

「あなたは“孫を誘拐されて動揺を隠せないフリ”をしている」
 目の前で自慢のハーブティーを啜る老婆に視線を預けていた佐佑は、その場に流れるあらゆる物事を崩さぬよう、自然に言葉を割り込ませた。
 老婆は、佐佑のその言葉には反応を示さず、何事もなかったようにゆっくりとティーカップを置いた。
「素晴らしいハーブティだわ。配合を教えて頂けないかしら?」
 二人の視線が交錯した瞬間、佐佑はゾクリとした寒気を覚える。

 “the Witch”とは、佐佑の目の前にいる老婆リンダ・クロウの現役時代の通り名だ。英国において“witch”という言葉には、マイナスのイメージが付き纏う。それは英国だけに限らず、魔女狩りが行われた欧州各国においては普遍的なものとなっている。
 “witch”とは、悪魔と交わることで力を得た者の総称であり、日本語では“魔女”と訳されることが多いが、本来は女性限定ではない。
 英国では、魔術の力を決して利己的には用いず、治療術などの白魔術によって地域社会に貢献する“witch”を、黒魔術を使う者と区別するために“cunning folk”(カニングフォーク)と呼んでいる。
 しかし、彼女は敢えて“witch”と呼ばれることを望んだ。その理由を問われた際に、薬は毒となるけれど、毒は薬にならない、と答えたことは欧州育ちの業界人ならば誰でも知っている。
 現在は高齢のために第一線を退き、英国北部のヨークシャーで孫のソフィアと共に隠遁生活をしている。もし彼女がその気になれば、ビルの一つや二つはあっという間に消滅させることができると言われている。重要なのは、破壊するのではなく、消滅させるという点だ。
 だが、魔性との共存を唱えていた彼女は、その魔力を行使することはほとんどなかった。

「本当の目的は?」
「誘拐された孫を探して欲しいだけよ」
「あなたほどの方なら、森の中から一枚の木の葉を見つけ出すことも簡単なはず。あなたに見つけられないのであれば、それはこの世に存在していないことと同義。我々にできることはない」
 再び二人の視線が交錯する。
「あなた、お名前は?」
「草薙佐佑」
 深く彫り込まれた皺が、ゆっくりと微笑みを作り上げていった。
「クサナギさん、私は昼食がまだですの」
 それから佐佑は、クローディアが上がって来るのを待ち、リンダを連れて自身のマンションへと車を走らせた。
 車内には、穏やかな微笑みを浮かべたまま一言も話さないリンダと、どこか物憂げな表情のままで、窓の外をぼんやり眺め続けるクローディアとによって、重苦しい空気がたち込めていた。
 佐佑は、何か話題を口にしようとする度に、その言葉を飲み込んで苦笑するしかなかった。